杉野 晴夫
交差点の赤信号で停車した前車に契約者のトラックが追突し、前車を運転していたH氏(寿司店の板前さん)が頸椎捻挫の診断を受けた。
診断書には「全治10日」とあった。ところが、一か月も経過したころ、H氏から「病院でMRI検査をしたところ、頸椎にヘルニアができているといわれた」と連絡があった。
病院の担当医に会いに行くと、その医者は撮影した画像を示し、「ほれ、ここにへルニアがある」という。確かにそれらしき形跡が見える。
しかし問題は、それが急激な衝撃によって、つまり、追突事故によって出来たものか、長年の生活習慣や加齢によるものか、という点だ。
担当医は「一般論として、加齢によるものが多くあるのは確かだ。しかし、これは外傷性だ。間違いない。一か月経過して変化なければ手術が必要だ」と言い切る。しかし、その根拠を示すことはなく、自分の判断を強調するだけだった。
私はもう一度、その画像を注意深く観察した。骨の硬質部分と軟骨部分が、いずれも同じように変形している。急激なショックで一時的に軟骨部分が伸びたのではなく、これは「時間をかけた緩慢な同時進行変化ではないか」と、主張すると、医者はちょっと言葉に詰まって、「でも、首にしびれが残ってる」と話を逸らしてくる。私を説得することが困難だと悟って、妥協を求めてきたらしい。
というわけで、手術云々は立ち消え、長引く場合は「健康保険で」という合意ができた。
ところが、それで、この案件が終わりになったわけではない。被害者が休業中に、その雇用主がH氏を解雇したのである。 「これって、本来公傷じゃないですか。どうして首になるんです?」とH氏は私を訪ねてきて、必死になって訴えた。実は、H氏は店の仕事で車を運転していたので、業務上であり、本来なら労災事故だ。
H氏の主張はそのとおりだ。経営者から言えば、小さなすし店であり、職人さんが長期離脱すれば仕事がまわらなくなることはわかる。しかし、首にすることはないではないか。代替の職人さんとは、被害者が復帰するまでの「臨時契約」とするとか、方法はあったはずだ。
だが、私は労働委員会でもないし、裁判所でもない。H氏が私の労働組合に加入しているわけでもないので、私が雇用主と交渉する筋合いでもない。私にできることは、せめて休業補償を目いっぱい配慮することくらいだ。
でも、職務を離れた一人の労働者として、「個人加盟の労働組合だってあるんだよ、相談してみたら」くらいのアドバイスをしてみるか。
写真(池田京子撮影)