スペイン風邪、新型コロナと保険会社事情
スペイン風邪で保険金の支払停止に追い込まれた米国生保
1918年3月に合衆国で出現したスペイン風邪は、各国の生命保険会社を大変な苦境に追い込んだ。アメリカ史、生態学的歴史学の研究者で、一昨年没したアルフレッド・W・クロスビ―博士の名著『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』(みすず書房)は、こう記している。
「当時合衆国にあった48の生命保険会社のうちの37社が、スパニッシュ・インフルエンザ・パンデミックによって死亡保険金の支払停止あるいは減額に追い込まれている。1918年10月24日に始まる1週間にエクイタブル・ライフ生命保険に寄せられた死亡保険金請求件数は、前年同期の7.45倍であった。18年10月1日から翌年6月30日までにメトロポリタン生命保険が扱った死亡保険金請求は6万3000件にものぼっており、そのため同社の支払総額は、保険数理士が予想した額を(当時の金額で)2400万ドルも超過してしまった」
新型コロナウイルスの米保険への影響
それから約100年後、私たちがいま直面している新型コロナウイルス禍ではどうか?ニッセイ基礎研究所のHP(5月22日)に掲載されたレポート「新型コロナウイルスの感染拡大が保険会社に与える影響(1)」によると、米国の主な保険会社の2020年度第一四半期の生損保合わせた業績の概要は次のとおりである。
①プレデンシャル・フィナンシャル グループ全体で、2億7100万ドルの純損失(前年同期9億3200万ドルの純利益)
②メットライフ 44億ドルの純利益(前年同期13億ドルの純利益)。総収入は約183.1億ドルで対前年比12.3%増、本業のもうけを示す調整利益 は約14.5億ドルで1.8%増、純利益は約158億ドルで6.8%増であった。米国での損害保険事業が業績を牽引した。 生保と傷害&疾病の請求の影響は、ほとんどの保険種類に及び、歯科及び自動車における請求の影響はプラス、退職と介護における長寿の影響は相殺と付言している。
③AIG 損保は再保険後で4 億1,900 万ドルの税引前のカタストロフィ損失(CAT 大規模な自然災害および火災・爆発、疫病の流行などによる巨額の損失)を記録。
世界の損保の支払い12兆円 過去最大規模に
日経新聞(6月8日)は「世界最大の保険市場である英ロイズ保険組合の見積もりでは、新型コロナによる損保業界の保険金支払いは年間で1070億ドル(約12兆円)。米国を大型ハリケーンが襲った05年(1160億ドル)に匹敵する可能性がある」と報じた。さらに、「各国の損保各社に多いのは東京五輪やテニスのウィンブルドン選手権などイベント中止・延期に伴う保険金の支払い」と、以下2点を伝えている。
①店舗・工場を閉じたために生じた損失を補う利益保険は、感染症を免責としているが、契約には曖昧さもあり係争が起きている。英国ではパブや飲食店の事業者などの団体が集団訴訟に動き出した。英監督当局は一部の契約は補償対象になりえると指摘し、法的な判断基準を明確にするために高等裁判所に裁定を求める。
②米国でも議会の超党派グループが企業救済のため、損保の業界団体に事業中断 の損失も対象に含めるよう要請した。強制的にパンデミック(感染の大流行)を補償対象に入れる法案を提出するなど圧力をかけている。
影響軽微の日本の損保だが、注視すべきは…
欧米の損保に比べ、日本の損保が受ける新型コロナウイルスの感染拡大の影響は軽微にとどまりそうだ。国内損保が引き受けている興行中止保険は、「イベントの出演予定者の出演不能または役割遂行不能、あるいはイベントの出演予定者以外の者が感染症にかかること、かかっている疑いがあること、またはかかるおそれがある」もとでは保険金支払いの対象とならない。東京海HD、MS&ADインシュアランスグループHD、SOMPOHDは、欧米子会社が引き受けたイベント中止保険などの支払いで、それぞれ200億~400億円損失を見込む程度である。
生保も例えば第一生命の稲垣精二社長は、新型コロナウイルスの感染拡大について「保険金の支払いに大きな影響はない」と語っている(日経4月3日)。
生損保とも、市場の混乱による金利や株価の低下の方が業績に与える影響は大きいだろう。損保の場合は、トヨタ、日産をはじめ自動車の売れ行きの不振や中小企業・個人商店の倒産、閉店による自動車保険・火災保険の収保の落ち込みは気になるところだ。それは、同時に代理店経営の危機にも直結する問題だ。
さらに、注視すべきは、コロナ禍による在宅勤務やテレワークの推進によって成果主義を一層推進しようとしている経営者の思惑だ。始業・終業時間を曖昧にしたままの長時間労働をなし崩し的に恒例化しようとしていることも、だ。