守屋真実
もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏
昨年の暮れ、偶然に古書店で小松左京の「復活の日」を見つけて購入し、正月休みに読んだ。
映画化されて話題になったので覚えている人も多いだろうが、未読の人のためにあらすじを書くと:東西冷戦の中、細菌兵器を開発していた科学者が、意図した以上に凶悪なウィルスを作り出してしまう。これを盗んだスパイが乗った飛行機がアルプスに墜落し、春の雪解けとともにヨーロッパから世界中に拡散してしまい、たまたま水中にいた潜水艦乗務員と南極にいた人々だけが生き残るというストーリーだ。
中学生の時に読んだのだが、今読み返してもちっとも古臭くないし、むしろ今こそ現実味がある。新型コロナウィルスの感染症が発生したとき、この小説を思い出したのは私だけではないだろう。
アベ政権にとって新型ウィルスは、「桜」疑惑から国民の目をそらすための恰好の話題だろうが、反面このCOVID-19によって、日本の危機管理がいかに脆弱であるかが露呈された。横浜港に停泊しているクルーズ船の乗務員、乗客約3,700人に必要な医薬品や物資を速やかに届けることもままならない国で、再び原発事故が起きたらどうするのだろう。茨城県の東海第二原発は、30km圏内に96万人が住んでいる。風向きによっては、首都圏も放射能プルームに包まれる。
「国防」という言葉が好きな現政権だが、国を守るということは、国民の命を守ることに他ならない。検疫所予算や職員の数といった水際対策の予算を増やすことばかりでなく、普段から国民が費用の心配をせずに適時に医療を受けられるシステムであること、十分な数の医療従事者が余裕をもって働ける体制であることも当然必要だし、高齢者医療費の自己負担引き上げや国公立病院の統合縮小などもっての外だ。隔離された人が、必要な治療と物資、情報を得られ、可能な限りくつろげる環境で過ごせるように計らうことも、自然災害時の避難所と同様に備えるべき課題だ。さらには、働く世代が長時間労働で疲弊していたり、会社の圧力を気にして受診を遅らせたりしたら、感染を拡大させる要因になる。休業補償のない非正規雇用労働者は、無理をして働いてしまうかもしれない。カジノなど作っても、感染症が広まれば観光客は来ず、経済にも多大な影響を与える。グローバル化や気候温暖化、遺伝子操作などによって、将来未知のウィルスがさらに発生するだろう。兵器でウィルスに勝つことはできない。医療や社会保障、健全な労働と安定した経済力こそが、国を守るための基礎であるはずだ。
小説の中で瀕死の歴史学者が、最後のラジオ講座で呼びかける。『人類がもっと早く、自己の存在の置かれた立場に目ざめ、常に災厄の規模を正確に評価するだけの知性を、全人類共通のものとして保持し、つねに全人類の共同戦線をはれるような体制を準備していたら…』。この本が書かれたのが1964年であることを考えると、いったい人類はこの55年間何をしてきたのかと思わざるを得ない。今中国を非難しても何もならないし、自国中心主義で感染を防ぐこともできない。知識や技術を高めることばかりでなく、それを世界が共有し、協働することが、人類の生存に必要な課題なのだ。
映画のテーマソング "You Are Love" に、"It's not too late to start again"? (やり直すのに遅すぎはしない) という一節があった。小説では人類は復活するが、私たちは本当に生き延びられるだろうか。次の世代に、生きるに値する地球を残せるだろうか。手遅れにならないうちに、この国の政治を方向転換させねばならない。今度こそアベ政権を退陣に追い込もう。残されている時間は、私たちが考えているよりも短いかもしれないのだ。