保険募集・イマムカシ(その3)
鈴木 健
任意保険拒否され、事故のないことを祈る毎日
保険商品といえば火災保険が中心であり、自動車保険がそれほど脚光を浴びていなかった時代の話である。
自動車を数台保有している顧客があったが、任意保険には目もくれず、付保は自賠責だけだった。その顧客の言い分はこうである。
「俺は経営者として最低限の義務として自賠責保険は付ける。しかし、それ以上のことは、運転手(労働者)の責任だ」
きちんと運転していれば事故など起きるはずがない。事故があるとすればそれは運転手(もしくは相手側)が悪いのであって、経営者である自分の責任の埒外だ。責任は運転手(もしくは相手側)が取るべきだから、最低限、重大な人身事故における被害者救済だけを念頭に、自賠責保険をつけておくだけでいい、という理屈である。自賠責保険はいわゆる強制保険だが、それすら自分の厚意で加入しているという認識なのであった。
当時はそんな勝手な理屈をこねまわす経営者が結構いた。それでも、その経営者が私の説得をやっと受け入れて、任意保険契約が成立したのはそれから3年後くらいだったろうか。説得といっても、頭ごなしに「あなた頭が古いですよ」と決めつけてはいけない。その人の保険や労使関係に関する認識は、時代認識を反映しているわけだから、その人の歴史やプライドをリスペクトしながら、静かに時間をかけて説得しなければならなかった。それにしても3年は長かった。少し大げさに言えば、その間、運転手に責任転嫁されるような事故がなければいいがと、内心ヒヤヒヤしながらの毎日だったからだ。(写真は契約者に説明する筆者)