「声が低い!」「ハイ」
U子さんが課長から叱責を受けていた。内容はよくわからなかったが、その課長は肩書を虎の威に、日常的に暴君ぶりを発揮すると評判の男だから、暇は当然、U子さんに感情移入して遠くから様子を伺っていた。
後刻、U子さんに事情を聞いてみた。
「具体的な指摘なんかないんですよ。要するに、私の態度が気に入らないみたいです。もっと、素直に人の話を聞け、とかなんとか。でも、抽象的にそんな言われ方をされてもねえ。で、私が不満そうな顔をしたのでしょうね。おい、それそれ、その態度だよって」
この課長は「たとえ、俺の言うことに反対でも、ハイと言え」というのが決め台詞。別にU子さんだけが虐められているわけではない。女性社員は程度の差こそあれ、みんな同じような目にあっている。いまどきの課長たちは、女性社員から人気を得ようとして、むしろ、女性たちをちやほやする傾向が高い。仕事をスムーズに進めるためには、その方が賢いやり方だから、こちらを選ぶ課長が多数派だ。ところが、くだんの課長に限っては硬派一直線、唯我独尊、自己中路線まっしぐらなのだ。
「やっぱり『俺の言うことにはハイと答えろ』といわれたの?」
「そうです」
「で、ハイ、と言ったの?」
「ええ、仕方ないでしょ。それを聞きたいんです、あの課長。そう言わなきゃ終わらないんだもん」
「それで無事終わった?」
「いえ、続きがありました。今度は、『声が低い。聞こえない!』と怒鳴られたの」
「しつこい奴!」
「だから、わたし、一呼吸おいて、少し高い声で、も一度『ハイ』と言って、心の中で微笑んだの。暇さんなら、わかりますよね。その意味」
「?」
「低い声を、ハイにしたんだけど…」
落語の落ちみたいだが、これって本当の話である。U子さん、ゆとりだねえ。まるで風と柳だ。だが、課長はわかっていない。そこに込められたU子さんのアイロニーを。
そもそも、独裁者にユーモアの心があれば、独裁者たり得ないはずである。