今月のイチオシ本
デラルド・ウイン・スー『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(明石書店 2020年12月)
岡本 敏則
原題は『Microaggressions in Everyday Life Race,Gendar&Sexual Orientation』(人種、ジェンダー、性的指向;マイノリティに向けられる無意識の差別) 。
本書(本文は450頁)の著者デラルド・ウイン・スー氏は、コロンビア大学ティーチャーズカレッジの臨床心理学部教授。スー教授はマイノリティ(少数派)の心理学、多文化心理学、マイクロアグレッション理論等の分野の先駆者である。現在日本でも在日コリアン、アイヌ民族、セクシャル・マイノリティへのレイシズム(人種主義)、ヘイトスピーチが社会問題化している。海外にルーツを持つ人種的・民族的マイノリティ(東京五輪での大坂なおみ、八村塁選手へのSNS上のヘイト攻撃を見ても)は、自分が日本社会の中で「日本人ではない存在」「日本人より劣った存在」として扱われる場面を日々体験している。
日本人にとって「日本人であること」は当たり前のいわば空気のような属性である。日本人であることについて説明を求められたり、日本人だからと言って犯罪者扱いされる経験をしないで済むという点で日本社会における日本人はマイノリティ集団に対してある種の特権を有する集団(特権集団)である。まあ私も、銀座をデモしていると時々日の丸集団から「日本から出ていけ」「反日」(自公政権を批判するものはみんな反日)と罵声を浴びせされるが。
◎マイクロアグレッション(Microaggressions―Micro小さな+Aggression攻撃)=有色人種、女性そしてLGBT(Lesbian、Gay、Bisexual〈両性愛〉、Transgender〈性同一性障害〉)にとって人種、ジェンダー(性差)、そして性的指向にもとずくマイクロアグレッションの経験は新しいことではない。それは、周辺化された集団が善良な、モラルのある、立派な家族の一員や友人、隣人や同僚、学生や店員、雇用主やヘルスケアの専門家、そして教育者から軽蔑、侮辱、無効化、そして屈辱を受けることが絶えず続く日々の現実である。マイクロアグレッションの威力は加害者にそれが見えないことにある。加害者は自身が相手を脅かし、貶めるような行為を働いたことに気づかない。
◎バイデンの場合=2008年の民主党の大統領予備選挙でジョー・バイデン上院議員とバラク・オバマ上院議員が立候補したとき、バイデンはレポーターから、黒人のオバマに対する人々の激しい熱狂について質問された。それに対してバイデンはこう答えた「私はね、雄弁で、賢くて、清潔で、そしてハンサムな、メインストリートのアフリカ系アメリカ人が初めて現れたと思っているよ。彼はまるで絵に描いたような男さ」。多くの黒人コミュニティは、すぐ騒然となった。この発言は人種的マイクロアグレッションだったのだ。バイデンの隠れたメッセージは「オバマは例外さ、ほとんどの黒人は知的ではないし、雄弁ではないし、汚らしいし、魅力的ではない」と伝わったのだ。
◎俳優メル・ギブソンの場合=飲酒運転で捕まった時、ギブソンはユダヤ人の警官に対して「糞ユダヤ人ども・・・この世界の戦争は全部お前らのせいだ」と発言。女性の警官を呼ぶのに「かわいこちゃん」と呼んだ。後にギブソンは「自分は反ユダヤ主義者でも、性差別主義者でもない、酒が入っていたからだ」と主張。
◎生き残る=有色人種や女性、LGBTの人々は、自分たち個人やこの集団が生き残るため重要なことは、他の集団の人々の心を読む能力だという。ヨーロッパ中心的で、男性中心的、ストレート(異性愛主義)が当たり前と思われている社会で何とかやっていくことを強いられている有色人種、女性、LGBTの人々が生き残れるかどうかは「真実」を見分け、直面する潜在的なバイアス(偏り)や権力を持っている人々の考え方や行動に対してどの程度正確に認識できるかにかかっている。抑圧について理解したいときは抑圧者と被抑圧者どちらに質問するでしょうか?自明ですね。
◎学校教育=アメリカを発見したのはコロンブスだと教えられるとき、(第二次大戦時)日系アメリカ人の強制収用は(レイシズムではなく)国家の安全保障上の問題(ドイツ系、イタリア系は収容されていない)であると教えられるとき、アメリカ先住民から土地を略奪したのは(キリスト教徒の)「明白な使命」であったと教えられるとき、白人の優越性と非白人の劣位を反映するように世界観が形成される。
◎同じ言動に対する解釈の違い(会社員男女の場合)=●彼は積極的。彼女はでしゃばり●彼は自信に満ちている。彼女は自惚れている●彼はブレない。彼女は意固地●彼には見識がある。彼女には先入観がある●彼は世間通だ。彼女は「経験豊かだ」●彼は思っていることをためらいなく口にする。彼女はおしゃべり●彼は成功への梯子を上がってきた。彼女は上司と寝て出世の階段を上りつめた。
*日本でもこの分野での分析、研究を期待する。