「盛岡だより」(2022.11) 

 

       野中 康行 

  (日本エッセイストクラブ会員・日産火災出身)


 

           《岩手の小説家》 北上 秋彦

 

 

 盛岡には年末に上演される「盛岡文士劇」がある。今では盛岡の風物詩となっているほど、歴史は古い。

 出演者は岩手や盛岡にゆかりのある作家、文化人、放送局のアナウンサーたちである。笑いの現代劇と涙の時代劇は、素人とは思えないほどのできだが、セリフの「とちり」や「カンニング」などもあっておもしろい。チケットは発売と同時に売り切れるほどの人気で、私は、早朝から並んでチケットを買ってくれる友人のおかげで毎年欠かさず観ている。

 

 北上秋彦氏は、1997(平成9)年ごろから時代劇に出ているミステリー・ホラー作家であった。ホラーが好みではない私は、読む気にも作者を知ろうともしなかったが、あるとき、書店で立ち読みしたのが単行本『現場痕』(2003.7実業之日本社)だった。

 その本のレビューにはこうあった。

『ひき逃げに見せかけた殺人、事故を利用したアリバイ偽装など、交通事故の際に支払われる莫大な自動車保険金を狙う犯罪はあとを絶たない。死者と遺族の無念を晴らすため、警察の実況検分でも明らかにされなかった不審な事故の真相を地道な現場調査から炙り出す。「正義の保険屋」志摩平蔵の奮闘を描く傑作ミステリー集。高橋克彦氏激賞の一作!』 

 主人公が保険代理店主というのも意外だったが、ずいぶん保険に詳しい作家だと思った。そのときは、まさか作者自身が保険の代理店をしているとは思わなかった。

 

 2010(平成22)年4月、一般社団法人岩手県損害保険代理業協会(岩手県代協)の専務理事になり3期6年務めた。なりたての年に、役員たちと飲んでいると、県北の会員に小説を書いている代理店がいるとの話になり、その名前を聞くと彼であった。それからまもなく、「代協」主催のセミナーで彼と会うことなる。

 セミナー終了後、参加者に自己紹介と感想を述べてもらった。彼は「有益だった。今後、このようなセミナーには参加したい」と、そつのないコメントを述べた。私は「もうひとつの仕事の方もお話しください」と水を向けると、「代理店の仕事をしながら、小説を書いています。年末の文士劇にでていますので、よかったら観に来てください」と控えめに付け加えた。

 舞台で堂々と演じる彼とはまったく違っていて、(ずいぶん控えめな人だなあ)というのが私の第一印象で、それにも好感がもてた。以後、パーティーなどで会っても、それは変わらなかった。

 

 岩手にも保険代理店を経営しながら、さまざまな活動をしているひとは多い。地域での団体活動はもちろんだが、民話の語り部となって施設を回っているひと、手話のボランティアに参加しているひと、バンドを結成して慰問活動をしているひとなどだ。

 だが、「保険代理業」と「作家」の二足のわらじを履いているのは、全国でも彼ぐらいではなかろうか。

【平成21年 時代劇「源義経」で梶原景時役を演じている。キャスト写真:中段中央が氏】