今月のイチオシ本
『U.P.plusバイデンのアメリカ その世界観と外交』
東京大学出版会
岡本 敏則
バイデンは大統領就任式から1年5か月が過ぎた。この間の大きな出来事は昨年8月のアフガンからの撤退。既定通りとはいえ、大国アメリカの敗北であろう。そして2月24日のロシアのウクライナへの軍事侵攻であろう。アメリカは事前にキャッチはしていただろうが、侵攻自体は食い止められなかった。米軍およびNATOが軍事行動を抑えているのは「第3次世界大戦」への恐れだろう。しかし米軍、NATOは大量に武器援助をしている。相変らず「戦争」で儲けているのは軍需産業だ。
ウクライナ侵攻でTVのコメンテーターの所属先を見ると防衛省防衛研究所、笹川平和財団、各大学の国際関係の研究者。本書はU.P.plusとしては5冊目にあたる。執筆者を見ると、ここでも防衛研究所、早稲田、慶応、北大、東大等国際政治学、安全保障問題の研究者たちだ。どこかにたぶん情報分析結果をレクチャーしているのだろう。ロシアのウクライナ侵攻、今かまびすしい「台湾有事」を取り上げた。
◎アメリカの対中国観=中国が影響力を拡大させるという事態は、単に世界における力のバランスが変化するということを意味するだけではない。異なる政治体制を持ち、アメリカの信奉する価値観とは相いれない考え方を世界に広めかねない存在が台頭することで国際秩序の形が変わり、アメリカにとって望ましい世界が失われるとも見える。従来アメリカは中国が成長したとしても、欧米の政治経済体制と矛盾しない存在になっていくと考えて、関与し、発展への支援も与えてきた。いまや、そうした前提はなくなり、中国をありのままに見たとき、彼我のあまりに大きな違いに気づき、その成長に怯えているといえる。(佐橋亮)
◎ロシアのウクライナ侵攻=侵攻から1週間も経たずして行われたバイデン政権の初めての一般教書演説は、冒頭に長い時間を割いてプーチン政権を批判し、ウクライナとの連帯を演出するものだった。だが、バイデン大統領はロシアへの経済制裁、武器供与を含むウクライナへの支援継続を約束しつつも、ウクライナへの米軍派兵を否定し、NATO加盟国の防衛を保証するにとどめた。そのように直接的な軍事介入を避ける背景には、核保有国ロシアとアメリカとの間での事態のエスカレーションを防ぐ意図に加え、アフガン撤退から間もないなかで再度戦争に関与することに消極的な世論への配慮がある。戦時のアメリカ大統領の行動としては、意外なほど弱弱しくも見える。厳しい国内政治状況のなかで、中国とロシアという戦略課題、グローバル課題に長期的視野から取り組むだけの余力に乏しいともいえる。(佐橋亮東大東洋文化研究所准教授)
◎台湾有事と日本①=本当に台湾有事が重要だと考えるのであれば、政治判断によってもできることはたくさんあると思います。台湾有事が日本にとってどういう意味を持つのかについての議論がありません。いったいどのような状況で中国が台湾に対して武力行使したときに、日本として対抗しなくてはいけないのか。何がかんでも対抗すべきなのか。大陸の台湾進攻は一つのリトマス試験紙であって、ここで対抗しないとアジア全体に及ぶという判断すべきなのかそれとも台湾は特別ケースなのか。外交的には日本は「一つの中国」の原則を維持したままで、70年代の条約もすべてその原則に根差しています。そこをそのままにしながらいったいどれだけ軍事的にコミットするのというのは、私はアメリカに言われてどう協力するかという話より先に日本自身で決めないといけないのかと思います。(植木千可子早大アジア太平洋研究科教授)
◎台湾有事と日本②=まず、何があろうと自衛隊は台湾海峡に行かないでしょうし、自衛隊は台湾島には上陸しません。日本が期待される最大の役割は、自衛隊の協力ではなく基地の提供です。台湾の攻防そのものに関して言うと、自衛隊の役割はアメリカからすればあてにすべきものではない。実際の有事を考えるときに、自衛隊が行くというシナリオがまずありえない以上、それを「存立危機事態か、武力攻撃事態か」と論じるのは、はっきり言って何の意味もないと思っています。日本が攻撃されることになれば、それはもう武力攻撃事態なので、存立危機事態とは関係がない。日本は、米軍基地を防衛すること、あるいは中国軍が日本の島嶼に上陸してレーダー圏を広げることを阻止することが最大の役割です。まさに、冷戦期において三海峡封鎖(宗谷・津軽・対馬)が自衛隊の最大の役割だったように、今まさに南西・先島諸島を守ることが自衛隊の最大の役割です。それをしていれば、台湾有事における日本の役割は十分果たしたことになる。
「アメリカが来なかったらどうなるのか」という問題もあるかもしれませんが、アメリカが来なかったら日本も行かないわけです。(高橋杉雄防衛省防衛研究所防衛政策研究室長)