暇工作「生涯一課長の一分」

                  労組幹部の「特権」


 今夏の参議院選挙のときのこと。元損保N社社員のMさんと偶然に出会い、選挙の話題になった。彼は、かつては左派政党に投票してきたが、最近は日本維新の会を支持している。

 「日本維新の会は、公務員や労働組合の権利行使を批判して支持を集めてきましたね。わたし、その主張にわが意を得たりと、おおいに同感しました」

 自らの転勤問題に関連して労組幹部が取った態度と、日本維新の会の労組への批判、スタンスが重なり合い、同会へのシンパシーが生まれたのである。

 

 Mさんは関西のある支店に勤務中、会社から遠隔地への転勤命令を受けた。同居の母が闘病中で、転勤先に連れていくことは無理と判断し、会社に転勤命令の撤回を願い出たが聞き入れられず、労組に取りあげてほしいと要請した。N社の労組は損保の中でも先進的で、たたかう組織といわれていた。だが、Mさんに対応した労組幹部の態度は冷たかった。幹部はこう言ったそうだ。「転勤命令に不同意を通告できるのは、この支店内では労組分会委員長か書記長だけなんです。委員長は労働協約でそう明記されているし、書記長にはその保護規定はないけど、実質、組合の中心的地位ということで、暗黙の慣行がある。しかし、あなたの場合は肩書がないからダメですね」

 Mさんだって、そのような協約や慣行があることはよく知っている。だが、一方で、転勤をしたくないから、組合幹部の役職にしがみついている人もいるという噂もよく知っていた。転勤免除協定を私的に活用していることは、特権主義ではないか。Mさんは内心反発を覚えていたのだ。だから「あなたは労組幹部としての肩書がないから」と、ダメを押されると反発は反感に変わっていった。Mさんは自分の転勤問題を、人道問題として取り組んでもらえないかと労組に頼んだわけで、決められた協約に準拠したわけではない。結局、双方の問題意識はすれ違いに終わった。「たたかう組織」を標榜しつつ、困っている組合員の立場に立つことのできない「特権幹部」たちが、労働組合運動のイメージを損ね、Mさんのような人を右翼サイドに押しやったと思えば残念だ。

 

 Mさんはいう。「暇さん。組合の弱体化を狙った転勤命令などから労組幹部の身分が保障される権利を、労使協定として成文化していることは素晴らしいことだと思うんですよ。組合員のために私心を捨ててたたかってくれているリーダーを守ろうという組合員の総意がバックにあるわけですから。でも、それは、リーダーが組合員のために体を張ってたたかってくれる存在であってこそ、みんなが納得できる形なんですね。組合員の切実な要求を真摯に取り上げることもなく、特権の椅子を利用しているだけの幹部にそんな資格はないというのが、いまでも偽らざる私の正直な気持です」

 厳しいが、まさに正鵠を射るMさんの言だ。