守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


   夢 

 

「〇〇ちゃんのお兄さんが、✕✕の支店長になったんだって」と知人が言った。✕✕は有名なファスト・ファッション店である。

 「まだ大学出たばっかりじゃなかった?」と私。

 「就職して二年目だって。でも能力があればどんどん出世できるんだよ。夢があるよね」。そう言った彼は、40代の中小企業社長である。

良心的な経営者なので、コロナ禍でも一人も解雇したくないと資金繰りに奔走し数千万円の借金を抱えた。小学生の子どもが二人いて、これから教育費などが大変な世代だ。

 「だけど、夢を叶えられるのは、ほんの一握りの人でしょ。ほかの人には夢なんてないんじゃない?」

 「・・・」

 

 実際、本当に能力を生かし、伸ばし、出世できるのは千人に一人か、もっと少ないだろう。千人のうちの一人は高給取りになれるかもしれないけれど、あとの999人はワーキング・プアで結婚できなかったり、結婚しても子どもを作れなかったりする。それどころか、大学を出たらもう数百万円も借金を抱えていたりする。出世する人は確かに能力があるのだろうし、本人の努力も大きいのかもしれない。でも、すべての子どもや若者が同じスタートラインに立って、同じ条件で競い合えるわけではない。フードバンクに食料品をもらいに来る家庭の子どもなどは、競技場を5周遅れでスタートするようなものだ。そんな不平等な社会をどうして「夢がある」と言えるのだろう。

 彼のように良心的で社会問題や環境保護に関心を持っている人ですらも、一人が大金持ちになるより、みんなが豊かになる世の中の方が夢があるとは思わないらしい。それほど新自由主義に洗脳されているのだ。格差はあって当たり前で、根底から社会を変えるといった発想自体がないのだろう。彼らにとって夢とは叶えるものではなく、ただ見るものなのではないだろうか。

 一個80万円のメロンとか、一房150万円の葡萄とかいうニュースを見るたびに、私は「みんなが食べられる果物を作れ!」と腹を立てるけど、自分は高級メロンの皮も食べられなくても、それを面白がって聞ける人たちがいる。自分が勝ち組になれないとわかっていても、自分の子どもも同じ道をたどるかもしれないと思っていても、物価高で生活が苦しくなる一方でも、世界中が戦争へと傾いていても、いや、だからこそ現実の辛さを忘れるために見果てぬ夢のファンタジーに酔っていたいのだろう。そういう人が夢を叶えられるはずがない。夢を叶えるためには現実的でなければならないのだから。彼らは永遠の夢追い人になるように条件付けされてきたのだろう。

 

 と思っていたら、近頃は彼もぶつくさ言い始めた。岸田政権に罪はあっても、給付金バラまきの向こうには軍拡・増税が待ち構えていることは、ちゃんと見抜いている。所得倍増のはずが、いつの間にか投資所得の倍増にすり替えられたことにも気づいている。法務副大臣の税金滞納には本気で怒っていた。若い世代の政治感覚が少しづつ変わっていると感じる。世論調査でも、若い世代の自民党支持率が下がり続けている。岸田政権に「罪」はあっても「功」はないと思っていたけれど、あまりにお粗末な政治で若い世代の目を開かせたことが唯一の「功」かもしれない。若い世代の英知とエネルギーを信じよう。

 目覚めよ、中年!怒れ、若者!夜明けを呼ぶのはあなたたちだ。