「盛岡だより」(2023.6)
野中 康行
(日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)
花の旋律
― レンゲ草 ――
見わたす田んぼ一面に、紅色のカーペットを敷き詰めたようにレンゲ草の花が咲く。田打ちが始まると、このレンゲ草はそのまま土にすき込まれて肥料になった。
この風景、ある年を境にふっつり消えた。化学肥料が出回った昭和27・8年ごろ、私が小学低学年のころだったろうか。その後、あぜ道や小川の土手に咲いていたが今はほとんど見かけない。
♪春の小川は さらさら行くよ/岸のすみれや れんげの花に……
童謡「春の小川」に歌われたのどかな田園風景は、私の原風景である。
JR東日本・飯山線替佐駅(長野県中野市)では、電車到着を知らせるアナウンスとともにこの曲が流れる。
―― 卯の花 ――
♪ 卯の花の 匂う垣根に/時鳥(ホトトギス)/早も来 鳴きて……
生家に2本の木があって、毎年花を咲かせていた。父に「何の木?」とたずねても「知らね!」と言うだけで、ずいぶん長いこと分からなかった。
その後、ウツギの花らしいとは知ったが、なんど嗅いでも匂いがないから半信半疑だった。唱歌「夏は来ぬ」には「匂う垣根に……」とあるから、匂いのある花だと思っていたのだ。しばらく経って、歌の「匂う」は、「花の咲くさま」だと知ってようやく納得した。
ホトトギスは、キョキョキョと鳴き、それを「東京特許許可局」ともたとえられるから分かりやすい。ここに住み始めた20年ほど前は裏が広い雑木林だったから、よく鳴いていた。だが、数年前に宅地になって聞くことがなくなった。
「夏は来ぬ」の作曲者小山作之助は、新潟県上越市の出身である。2015(平成27)年3月14日、北陸新幹線開業に伴い「上越妙高駅」の発車メロディーにこの曲が採用された。
―― ミカンの花 ――
広島県福山市に4年住んだ。尾道や因島あたりを車で走ると、この花が咲いていた。おだやかな瀬戸内にゆっくり進む船が見え、光る海と丘に咲く白い花がまぶしかった。絵はがきのような光景に、つい、童謡「みかんの花咲く丘」を口ずさんだものである。
♪ みかんの花が 咲いている/思い出の道 丘の道……
本場の愛媛には「ミカン狩」に2度ほど行った。
子どもたちは、畑を転がり落ちるミカンを追って大騒ぎだった。ミカン畑の上で、広がる燧灘(ひうちなだ)を眺め、心地よい潮風を浴びながら食べた甘酸っぱい味。35年経っても忘れない。
愛媛はミカンの生産量が和歌山に次ぐ全国2位で、静岡が第3位だ。電車の発着メロディーが和歌山か愛媛県でもよさそうだが、このメロディーが流れる駅は、神奈川県小田原市の「JR国府津駅」、静岡県伊東市の「伊東駅」と「宇佐美駅」だ。この童謡が生まれたゆかりの地だからなそうだ。
―― スミレ ――
気をつけて探すと、どこにでも生えている強い植物である。
数年前、雑草にまぎれて咲いていた小さな1本を、わが家の花壇に植えた。年ごとに株が太くなって可憐な花をつけている。花は、素朴でありながら上品で愛らしい。
宝塚歌劇団が歌った「スミレの花さく頃」がヒットしたのは、その立ち姿が品のある女性のように見えるからか。
♪ …… すみれの花咲く頃/はじめて君を知りぬ……
阪急電鉄「宝塚駅」ホームでは、この旋律にのって電車が動き出す。
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草木の花々が、わらべ歌・童謡・詩歌・流行歌に詠われてきた。今の時季に咲く花も多い。路傍の花を見つけて愛でるにはうってつけの季節である。