福島原発「処理水」/海洋放出の汚染リスク
松久保 肇・原子力資料情報室事務局長に聞く
東京電力福島第1原子力発電所の事故により発生している「処理水」を、漁業関係者や住民、近隣諸国から不安や懸念、抗議の声が上がるなか、岸田政権は8月24日、海洋放出を開始した。
経済産業省の原子力関連の審議会委員も務める松久保肇・原子力資料情報室事務局長に、問題点と今後のあり方を聞きました。
●トリチウムの影響は未解明
――海外でも原発からトリチウムを含む処理水を海に流しています
問題になっているのは、事故を起こした原発の「処理水」です。福島第1原発から出る汚染水には、ストロンチウムやヨウ素、セシウム、プルトニウムなど、さまざまな放射性物質が混じっています。
政府と東電は「多核種除去設備(ALPS、アルプス)」の処理を通じて汚染水から放射性物質を「基準値以下」になるまで取り除き、約1キロ先の沖合に海水で薄めて放出する方針です。ただ、同じく放射性物質であるトリチウム(三重水素)は水と不可分で、除去できません。
トリチウムは各国が海に放出しているとして、政府は安全性を強調します。しかし、トリチウム自体の人体への影響は十分に解明されてはおらず、それで「安全」というのは科学的な態度とはいえません。
その他の多種多様な放射性物質も「基準値以下」に除去するとはいえ、ゼロになるわけではありません。被ばく、環境汚染のリスクは高まります。閉じ込めて管理する、放射性物質を扱う際の大原則に立ち返る必要があります。
●汚染水増やさない方策を
――海洋放出しないと廃炉作業が進まないともいわれますが?
溶け落ちた核燃料に原発の構造物や部品が混じり固まった燃料デブリなどの放射性廃棄物を、保管する施設の用地確保のために貯蔵タンクを減らす必要があると、政府と東電は主張しています。
しかし、現在の廃炉作業は、燃料デブリの取り出し方法を模索中で、開始のめどさえ立っていません。非常に高い放射線量の下での作業は、困難を極めることでしょう。保管施設が必要になるのは、まだまだ先のことです。
他方、汚染水の総量は減少傾向にあります。「処理水」の一部を循環させて燃料デブリの冷却に再利用したり、雨水や地下水の流入防止策が少しずつ効果を上げたりしているためです。燃料デブリの発する熱も下がりつつあります。燃料デブリの冷却方法を空冷式に変えるなど、汚染水を発生させない方法を検討すべきです。
●海洋放出にこだわる理由
――処理水対策として海洋放出以外の方法はあるのでしょうか?
すぐに実現可能なのは、「処理水」に砂とセメントを入れて混ぜ固める「モルタル固化」と呼ばれる方法です。液体を固体にしてしまうのです。米国の核兵器製造拠点の一つ、サバンナリバー核施設の汚染水処理で実際に使われた処理方法です。
この他にも石油備蓄で実用されている大型タンクで貯蔵する方法があります。現在の応急処置のタンクで貯蔵された「処理水」の量は、ドーム型屋根1基10万立方メートルの大型タンクが10基あれば当面まかなえます。
さらに、壊れた原子炉建屋内に流れ込む地下水や雨水を遮断する方法もいくつもありますが、政府はまともに検討していません。
さまざまな方法がありながら、なぜ政府と東電は海洋放出にこだわるのか。それは一番安上がりだからです。原発事故を起こした当事者がコスト削減ありきでいいのか。安易な海洋放出は許されません。