川淵三郎氏がスポーツで文化勲章を受賞した大きな意味
玉木 正之
たまき・まさゆき スポーツ文化評論家,日本福祉大学客員教授。著書に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)など多数。近刊は「真夏の甲子園はいらない 問題だらけの高校野球」(編・著、岩波ブックレット、2023年)
日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎氏に文化勲章が贈られた。スポーツ界からは、水泳の古橋廣之進氏、野球の長嶋茂雄氏に次いで3人目。
だが先の2人がスポーツマンとして活躍したことが評価されたのに対し、川淵氏はサッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグの創設に尽力したことが評価された。この意味は大きい。
Jリーグの誕生以前、日本のスポーツ界には純粋にスポーツをすることを目的にした団体は存在しなかった。プロ野球は親会社の宣伝や販売促進を目的とし、社会人野球やラグビー、バレーボール、駅伝チームなどは、今日でも企業宣伝などに利用されていることが多い。また高校野球は高校生の教育という建前(目的)が存在し、大相撲も格闘技(スポーツ)であると同時に、神事や伝統文化の継承という役割を担っている。
そんななかでJリーグの発足時に、ある記者が「Jリーグで何をするつもりですか?」と訊いた。川淵氏は「サッカーをします」と答えた。このあまりに当然の回答を、川淵氏以前には答える人物がいなかったのだ。
それは明治時代に欧米からスポーツが伝えられて以来の日本のスポーツ界の「伝統」とも言えるものだった。富国強兵の時代に野球やサッカーをそのままプレイする(遊ぶ)ことは世間的にはばかられたのだ。
そこでスポーツで身体を鍛えて「何か」のときに役に立つ(戦争で兵隊として)という「建前」を唱え、「スポーツ=体育」と考えるのが常識となり、Jリーグが生まれるまでスポーツには「スポーツ以外の目的」の存在することが常識となったのだった。
その「間違った常識」を打ち壊し、スポーツそれ自体の価値を確立させた川淵氏の文化勲章受章を心から喜びたい。