真山民「現代損保考」


       しんざんみん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


                 対話型AIで進む損保の業務効率化(その1)          

 

 損保で進む対話型AIによる業務効率化

 

 「PKSHA Technology(PKSHA)、日本マイクロソフトと連携し、ChatGPT (*注1)に代表される大規模言語モデル(LLM *注2)を活用して大量のマニュアルや保険商品約款等の情報など保険領域に特化した対話型 AI を開発」

 

 4月19日、東京海上ホールディングスのホームページでリリースされたニュースである。他社も対話AIによる業務効率化を急いでいる。同社のニュースリリースと同日の日経には次のような記事が載った。

 損害保険ジャパンは対話型AIをプログラミングによって社内のエンジニアがコードを書く時間を短縮でき、システム構築のスピードが上がったという。今後は営業分野の社員にも利用を広げる方針で、約款の要約などAIに任せられる作業の選定を進めている。

 三井住友海上火災保険も、照会への応答の効率化の対話型AIを導入、AIの活用で回答マニュアルの検索システムの対応の早さと精度の向上を狙う。あいおいニッセイ同和損害保険も、照会対応への導入に向けて実証実験をする方針という。

 

 相次ぐ生成AIの発表

 

 昨年11月30日に無料公開された米新興企業のオープンAIの対話型AI「ChatGPT」は、登場してからわずか5日でユーザー数が100万人を突破、2023年1月には月間アクティブユーザーが1億人を超えた。3月にはやはりオープンAIが、生成AIの新しい基盤技術「GPT-4」を発表。従来に比べ、約8倍に相当する2万5千語までの文章が扱えるようになった。 生成AIとは何か? これまで実用化されてきたAIの多くは、入力情報を認識、識別して推論する認識AIだったのに対して、生成AIはその名が表すように多様なコンテンツを生成する機能を備えている(下図=日経×TECH 20230509から)。         

 テキストを生成する文章AIならば原稿や企画案、ストーリー、そしてテキストで表現されるコンピュータープログラムまで作り出してくれる。翻訳などはお手のものだ。画像生成AIを使えばイラストなどの画像や音楽など新しい作品ができ上がる。

 昨年2022年は、7月に無料公開された「Midjourney」から11月に無料公開された対話型AI「ChatGPT」まで、「生成AI元年」と言われるほど生成AIサービスの発表が相次いだ。その流れはオープンAI「GPT−4」の発表をはじめ、グーグルの対話型AI「Bard」、マイクロソフトの検索エンジン「Bing」のChatCPTの搭載(2月)、米アドビの画像生成AI「AdobeFirefly」の発表(3月)と、途切れなく続いている。米グーグルは対話型AI「Bard」について日本語、韓国語でも利用できるようになり、英語での利用は180か国・地域に広げるとも発表している(「東洋経済」4月22日号特集「ChatCPT仕事術革命」)。

 

 ゆっくりした進歩から臨界点へ

 

 「多くの人はAIを21世紀に始まった新しい技術だと思っているが、研究は何十年も前から始まっていた」 こう語るのは元Google中国社長で人工知能学者の李開復(リーカイフ)だ。李によると、「当初ゆっくりしていたAIの実用化の歩みが、この5年間で世界中の注目を浴びる技術になった」(『AI2041 人工知能が変える20年後の未来』 李開復 陳楸帆共著 文藝春秋) 2016年には、DeepMindの技術者たちが作りあげたマシンAlphaGodが、囲碁で世界最強棋士と目される韓国のイ・セドルを破って世界を驚かせたが、チェスはわずか4時間学習しただけで人間相手では無敵になっている。

 得意なのはゲームだけではない。大学入試や医師免許試験で合格点をとれるようになり、司法問題では人間より公正な裁定を出し、肺がんの診断も人間の放射線医療よりうまくなっている。音声認識でも物体認識でも人間を超え、会話能力も不気味なほどリアルな“デジタル人間”をつくれるようになった。

 損保が対話型AIを採用する最初の目的は、大量のマニュアルや保険商品約款等の情報についての照会に対する回答の迅速化効率化であるが、こうした仕事はChatGPTなどが最も得意とするところだ。また、自動車保険の事故処理に関する照会を担当するコールセンターの業務も対話型AIによって相当効率化され、それに伴い人員の削減も実施される懸念がある。

 高速道路でも人間より安全に走れる自動運転車はAIを抜きに語れないが、同時にそれは損保の収入保険料の過半を占める自動車保険の行く手に大きな陰を及ぼそうとしている。

 

 OpenAIの「労働市場の影響の可能性」に関する調査

 

 「ChatGPT-4」を手掛けた米OpenAIとペンシルベニア大学の研究者らは3月17日、「大規模言語モデル(LIM)の労働市場への影響の可能性に関する初期の考察」と題した論文を公開、「GPTformerモデルと関連技術が米国の労働市場に与える潜在的な影響を調査」したと発表した。調査の結果、「米国の労働力の約80%が、GPTの導入によって少なくとも仕事の10%に影響を受ける可能性があり、約19%の労働者は仕事の50%に影響を受ける可能性があることが示された」という。

 さらに、プログラミングとテキスト執筆のスキルはLLMの影響を受けやすく、科学的、批判的思考スキルを必要とする職業は影響を受けにくいことが示されたという。つまり、数学者、ジャーナリスト、翻訳者、作家、Webデザイナー、会計士などは影響を受けやすく、グラフィックデザイナー、SEO(上席経営担当者)、財務管理者などは影響を受けにくい(OpenAIの調査はwebサイト「ITmediaNEWS」3月21号で、英語の原文とともに読める)。

 この予想に従えば、統計学や確率論といった高度な数理処理能力を駆使し、難解な保険料率の算定や、将来的な変化を予測しての企業年金の算出、企業ごとの退職金の金額設定を行うことを専門分野とするアクチュアリー(保険数理人)などは、まっ先にChatCPTなど生成AIにとって代わられそうだが、実際はどうなのか?対話型AIをめぐる各国政府の姿勢や企業の採用状況を含めて、次号に続編を書いてみたい。

 

注1 GPT Generative Pre-trained Transformerの略。生成事前学習モデルと訳されるOpenAI社提供のAIモデルの名称。

*注2 大規模言語モデル(LLM:Large Language Models) 大量のテキストデータを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデル。一般的には大規模言語モデルをファインチューニング(事前学習した訓練済みモデルを別のデータセットを使って再トレーニングすること)によって、テキスト分類やj情報分析、情報抽出、文章要約、テキスト生成、質問応答といった、さまざまな自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)タスクに適応できる(「東洋経済」4月22日号特集「ChatCPT仕事術革命」)。