今月のイチオシ本

『食べものから学ぶ世界史』平賀 緑 岩波ジュニア新書 

 


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 ジュニア新書は中・高校生対象ですが読み応えあります。

 著者(1971生)はICU卒業後香港中文大学へ留学、ロンドン市立大学で修士、京都大学で博士号を取得。現在は京都橘大学経済学部准教授。植物油を中心に食料システムを政治経済的アプローチから研究している。本書は「食べ物」が「商品」へと変わっていった、資本主義経済の成り立ちを解明しています。

 

 ◎基本をつかむ=気候危機とパンデミックが大変になる前から、食べものの世界もおかしなことになっていました。世界には120億人を養うのに十分な食料があるというのに、現在78億人いる世界人口のうち、飢餓人口は7~8億人いるといわれ、約20億人が食料不安に面しているといわれています。同時に10数億人が食べ過ぎにより不健康で寿命を縮め、食べものを育てているはずの農家さんが食べられなくて廃業し、膨大な資源をつぎ込んで生産した食料の3分の1が世界で廃棄されています。そして現在では農業と食料システムが、世界でかなりの温室ガスを排出していて(全体の26%or34%)、気候変動の一大要因になっているとの報告もあります。現在の資本主義は「今だけ金だけ自分だけ」と批判する人もいるけれど、そもそも人間の健康や自然環境などは切り捨て、お金で測れる部分だけの効率性や成長のみを目指す仕組みだから当然のこと。私たちが直面している気候危機も,食や農における問題も、格差社会や貧困問題も、資本主義のシステムとしてはその目的通りまっとうに機能している結果といえます。今では絶対に思えるこのシステムも、世界の主流になったのはせいぜい200~300年前のこと。日本では明治以降、150年にも満たない動きです。人類の歴史からみたら短い期間にすぎません。つまり、資本主義経済は、自然の法則でも、不変のシステムでもないのです。

 

 ◎資本主義経済のカラクリ=人などの幸せや自然環境は、お金で測る企業の損得勘定には含まれず、むしろ何かの対策をとるためにコストになる、マイナス要素になっています。国のGDPには、人と自然を破壊することでもお金が動けば経済成長としてプラスに計上されるほどです。経済成長をGDPで計っていると、人や地球が不健康になればなるほど「経済成長」することになると指摘しています(『肥満の惑星』)。食品を過剰に生産して必要以上に消費すれば経済成長、メタボになってジムや医者に行けば経済成長、トクホやダイエット食品を買い食いすれば経済成長、食品ロスを増やせばその処理事業でも経済成長というぐあいに。逆に、自分が家庭菜園で有機栽培した野菜を、自分で料理して、おいしく健康な食生活をすることは、人と自然がハッピーになれても、GDPには計上されず経済成長につながらないのです。それが私たちが生きている資本主義経済のシステムです。

 

 ◎国家と穀物=国家が人々に課税して支配するために穀物が便利だったといわれています。イモは地中に育つのでどれだけ収穫できるかは見えにくいけれど、穀物は地上で実り一目瞭然だったので、税を集める役人にとって収穫量を査定しやすかった。穀物は一斉に実って、隠されず確実に徴税できて、しかも小さな粒なので重さや体積で正確に測ることができた。穀物は貯蔵できて輸送できたことも、徴税する国家にとって都合がよかった。小麦、大麦、トウモロコシ、米など数種類の穀物を「主食」として、支配下の人民や奴隷に生産させて、軍隊を養って、国家が成立したといわれています。

 

 ◎メタボへの道=米国の農業政策などによって大量生産されるようになったトウモロコシを原料に、新しい甘味料が大量生産されるようになりました。ある日本の食品科学者が1971年に開発した技術ですが、トウモロコシ大生産国の米国で、この甘味料を効率よく生産する方法が工業化され広まりました。日本では「異性化糖」や「ブドウ糖」と呼ばれることも多い、高果糖コーンシロップです。これがインスタント食品など加工食品の発展につながりました。冷凍食品に使うと冷凍やけを防ぐことができる。長期間陳列される食品には味を新鮮なままに保つことができる。パンや菓子がいつまでも焼き上がり状態に見えるという特徴も兼ね備えている。安くて液状の糖分であるため、ソフトドリンクにとっても好都合でした。トウモロコシは、現代の畜産業において、家畜の飼料としても大量に使われています。穀物のエサを家畜に与えて肉に加工するような畜産業を「加工型畜産」と呼ぶ人もいます。動物を閉じ込めることで大量に排出される糞尿は環境破壊要素となってしまいました。

 

 ◎「緑の革命」=1960年代に、「高収量」な新開発の種子と、その改良品種を栽培するために必要な生産技術を途上国へ導入した「緑の革命」と呼ばれる農業技術革新の動きがありました。小麦、米、トウモロコシなどを品種改良し、一代雑種、灌漑、化学肥料や農薬を普及させる、工業的農業を途上国へ導入しようと南北の政府や国際機関や大企業が推し進めた一大キャンペーンでした。「緑の革命」という呼び名は、共産主義が1960年代アジア、アフリカ、ラテンアメリカの貧困国を巻き込んだ「赤の革命」に対抗したもので、欧米の政府と企業を中心とする近代的農業モデルの途上国への導入は、共産革命に対する資本主義の防波堤として使われました。ハイブリッド種子は病気や害虫に弱いため農薬を必要とし、一代雑種のため種子を毎年購入しなくてはならない品種でした。つまり「緑の革命」が開発した品種は、農薬や化学肥料を多用し、灌漑による水を多用することで高収量を上げることができる品種だったのです。「北」(例えばG’7)の工業が製造した農業資材を多額の金で購入し続けなくてはならない仕組みでした。*本書はテキストとしても最適です。)