盛岡だより」(2024.5 

 

       野中 康行 

  (日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)


                                 

                                      日本のアニメ


 5月は、手紙の時候挨拶に「風薫る」「新緑」「若葉」「五月晴れ」などのことばを使い、季節としても過ごしやすい月である。

私は、この月になると1988(昭和63)年、宮崎駿監督のアニメ作品『となりのトトロ』を思い出す。それは主人公の姉妹の名前が、5月の異名である皐月(サツキ)と英語の「May(メイ)」で、さらに、作品が描く農村風景が、私が育った田舎とそっくりだからである。

 

 作品は、12歳のサツキと4歳のメイが、お化け屋敷のような家に暮らすうちに「クロスケ」や「トトロ」「ネコバス」に出会うというファンタジックな物語で、昭和30年代前半のころ、考古学を研究している父・草壁タツオとふたりの姉妹が、母が入院する田舎の病院の近くに引っ越してくるところから始まる。

 お父さんと連絡をとるために、サツキは隣の家で電話を借りる。電話はダイヤル式ではなく交換手を通してかけている。

「お父さん遅いね……。傘持ってるかな」

と、お父さんを心配して雨の中、カサを持ってバス停まで迎えに行くサツキとメイ。バス停でバスを待ちながらサツキがしていたのは「あやとり」である。

 近所のおばあさんからもらったトウモロコシを母にあげようと、ひとり病院に向かうメイ。そのけなげさには泣かせられる。

 50代以上の人なら懐かしく、30~40代の人には、挿入歌『さんぽ』を歌って育ったひとも多いはずだ。今の若者はある種の憧れを感じるだろう。

 家族愛、兄妹愛、自然との共生がテーマのこの作品は、子どもにとって親の存在がいかに大きなものなのか、大人には見えない「クロスケ」や「トトロ」、「ネコバス」がサツキとメイには見えるというのも、子どもの素直さと純粋さをよく表している。それを笑って受け入れる父・タツオの大らかさには大人の理想像をみる。

 

 昨年、同監督の『君たちはどう生きるか』が第47回日本アカデミー賞、第69回米アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞した。この作品のテーマは「哲学」である。

私は、同名の単行本(吉野源三郎著・ポプラ社・2001年改訂2刷)と漫画(2018年第20刷)を読んだが、漫画は235万部のベストセラーになった。

単行本の最初の扉に原作者のことばが載っている。

「たれもが力いっぱいに のびのびと生きてゆける世の中 たれもかれも『生まれて来てよかった』と思えるような世の中 ……そういう世の中を来させる仕事がきみたちの行くてにまっている……」

 文中で、ナポレオンの崇拝者になったコペル君に叔父さんはこうも答えている。

「……英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、ほんとうに尊敬ができるのは、人類の進歩に役だった人だけだ。そして、彼らの非凡な事業のうち、真にねうちがあるものは、ただこの流れにそっておこなわれた事業だけだ。もし、ひまがあったら、君はエイブラハム・リンカーンの伝記を読んでみたまえ。ナポレオンとはまったく別な型の人のあることを、君は知るだろう」 

 原作者の吉野源三郎は、1931(昭和6)年に治安維持法事件で逮捕された。この作品は、釈放直後の1934(昭和9)年ごろに、せめて将来を担う子どもたちには本当のことを伝えておきたい、いつかはきっと読んでくれるという願いから執筆された。

 

 人気マンガやアニメ作品には、共通して作者の哲学とメッセージがある。それは、かつての「漫画」からの進化で、それがアニメブームを呼び、書店のコミックコーナーが広くなっていった。そう思ってよいだろう。

日本のアニメは1980年代から海外で人気が出始め、今や「クールジャパン」と呼ばれるほどになり、日本文化の発信ツールにもなっている。その売り上げは3兆円に迫る。この金額はJR東日本、東北電力、あさひビールの売上額に近く、その半分は海外である。需要はまだまだ伸びると予想されているが、制作現場で働くアニメーターの人材不足のために供給が追いつかない。アニメーターの多くは、個人請負で仕事をし、賃金は低く長時間労働である。これにインボイス制度が追い打ちをかけている。産業衰退の危惧さえ出はじめている。

 文化庁の文化芸術にかかる予算(令和5年度)は1076億円、全体の0.1%である。主要国でも最低クラスで、その額は20年以上も横ばいである。国の、芸術文化の軽視と政策の貧しさが見てとれる。

 まさか、国は2,3世代も前の「マンガをよむとバカになる」と叱られた親の小言を、今もって「大事」にしているわけではあるまい。