松久 染緒「随感録」
まつひさ・そめお 元損保社員、乱読・雑学渉猟の読書人で、歌舞伎ファン。亥年生まれ。
「アベノミクス」とはいったい何だったのか
いわゆるアベノミクスはつぎの3本の矢からなっていた。すなわち、
1.日本銀行による量的・質的大規模金融緩和(超低金利政策)により経済を浮揚させ、景気の拡大をはかる。
2. 国土強靭化計画という、近く日本を襲うという南海トラフ・首都圏直下型地震への対処策、
3.15年続いた不況からの脱却のための成長戦略である。
1.日銀が大規模金融緩和を進めれば物価が上がり、経済が成長するという「リフレ論」を信じて成長率2%にこだわり、黒田日銀総裁は、市中への資金供給量をそれまでの5倍に増やし、長期金利の政策的コントロールに加えて、禁じ手のETF(株式投資信託)購入し株式市場まで操作せんとしたが、結局12年から23年までの名目GDPは年1.5%成長にとどまり、安倍の暗殺後、黒田総裁は、国家的失敗の責任を何一つとることもせず退任したばかりか、瑞宝大綬章を受賞した。
異次元緩和という壮大な社会実験は失敗したのだ。(藻谷浩介氏)
現時点で株高は何とか維持されているが、個人消費は横ばい、食料品を中心にあらゆる物価が値上がりし、極端な円安の弊害ばかりが進んでいる。
日銀が発行残高(1105兆円)の54%もの国債や72兆円のETF(株投信)を大量に抱えた結果、後任の植田総裁に大きな重荷を背負わせることになった。すなわち当面これらの売却はおろか、減額することさえ極めて困難な状況になっている。もし減額・売却したら長期金利が暴騰し(国債の利払い増加で予算編成も困難な状況に)、株式が暴落する(市場に影響を与える規模の株投信を保有するため)危険があるからだ。世界銀行による購買力平価ベースでは1ドル100円だから、1ドル150円、160円の円安水準では、米国から武器を買うたびに本来の5割、6割増しの国費を流出させることになる。
2.の国土強靭化のために、10年間で200兆円を投入するといっていたが、年ベースでは20兆円だ。しかし実際の公共事業予算は6~8兆円に過ぎない。どうしてか。公共投資の内容が維持管理・設備更新に変更せざるを得なくなっているからだ。それでも最近の大規模地震、風水害の続発にもかかわらず、その復旧復興にあまりにも時間がかかりすぎている。
3.成長戦略については、企業の海外インフラへの投資を支援する官民ファンド「海外交通・都市開発事業支援機構」(JOIN)が、955億円もの巨額の累積赤字を抱えていることがわかった。(6月26日朝日朝刊) 官民ファンドといっても、民間出資はわずか2%で、残りはすべて税金だ。これがアベノミクスの成長戦略の一つで、13年にまとめた「日本再興戦略」で、元首相自らトップセールスした海外事業で、民間が早々に損切りしたのに政府(国土交通省)は得意の損失先送りとしていたが、やっと今回公表した。これも失敗だった。
伊東光晴教授によれば、アベノミクスに4本目の矢があるという。
靖国神社公式参拝は当たり前、解釈改憲で集団的自衛権を認めさせ安保法制も実現させた。あとは自衛隊を憲法に明記し、最終的には日本を戦争のできる国にすることであった。もともと2013年9月訪米時に安倍は「私を右翼の軍国主義者と呼びたいなら呼んでいただいてよい。」と本音を公言している。そのため、これまで自分のやりたいようにお膳立てをしてきた。森加計桜を見る会などの嘘と誤魔化しは論外として、東京高検検事長の定年延長画策、マスコミ批判と介入、NHK会長及び内閣法制局長官の人事などである。ところで今年の6月は三回忌である、まさに光陰矢の如し。歳月人を待たず。(完)