(働く現場から)

               酷暑と低賃金


           東海林 智  ジャーナリスト 


 

 「電気代が1万8千円を超えていました」

 酷暑が続いた8月中旬、顔見知りのシングルマザーが困り果てた顔でつぶやいた。

 彼女のメインの仕事は健康飲料の訪問販売を個人請負で働いている。お盆の時期は訪問するオフィスが休みになるため、彼女も半ば強制的にお盆休みになる。仕事をする日数の減少は、そのまま、収入の減収に直結する。電気代も節約したいところだが、この酷暑ではそうもいかない。「7月半ばにきた請求額。その次はもっと増えていると考えると恐ろしい」と語る。もちろん小まめに消し、コンセントも抜くなどあらゆる〃節電〃の工夫はしている。だが、熱中症の心配もあり、クーラーは節約するわけにはいかない。小学生の娘がいつも気になる。「夏は、家で留守番しているときはクーラーをつけるんだよ」と言い聞かせている。

 「冬は親子で抱き合えば暖かいけれど、夏はそうはいかない。政府の(電気代)支援がなくなったからですが、電気代は冬の2・5倍になってます。でも、命と天秤(てんびん)にかけるわけにはいきません」。電気代の請求書を握りしめた。

 電気代だけではない、米不足と言われ、なじみのスーパーからいつも食べている安い米が消えた。10キロ4千円台だった米はなくなり、今は5キロで2500円台の米しか売っていないという。新型コロナウイルス禍で、生活が困窮した〃悪夢〃がよみがえったようだという。食料支援の団体から食料の支援を受けているが、「団体の人が『米が集まらなくなっている』と言っていた。いつまで支援が受けられるか不安」と漏らす。

 親子で豆腐を使ったレシピなど栄養価を考えて工夫しているという。女性は「終戦特集の番組で、戦中、戦後の厳しい食生活の様子を見ました。もちろん、大変だとは思ったんですけど、今の生活もそんなに変わらないかと思ってしまった」と語った。

 

●電気代上昇で大半消える

 

 生活困窮者にとって、酷暑はどんな影響があるのか気になって取材を始めたのは8月上旬からだ。東京都庁下で食料支援や生活相談の活動を続ける新宿ごはんプラスの現場は毎週600人台と利用者が高止まりしているという。現場に行くと以前から見知った顔の40代の男性がいた。首都圏で最低賃金ギリギリの額で倉庫で働きながら、何とか住居を維持して生活している。コロナ禍の時も、支援団体の炊き出しや食料支援を回ってしのいでいた。

 筆者の顔を見つけると、「電気代バカになんないですよ」と現場で渡された桃を手に近づいてきた。やはり、酷暑に手を焼いていた。もらったクーラーがあるという。「ぜいたくだと思うかも知れないけど、つけないと熱中症が怖い。何より眠れないと仕事ができないからね」と頭をかいた。電気代はやはり冬の倍以上の1万2千円だという。最賃生活には重い額だ。だが、彼が言うように、眠らなければ労働力の再生産すらままならない。電気代の爆上がりは、生計費に影響している。だからこそ、彼も久々に食料支援の列に並んでいるのだ。

 最賃が改定されれば、10月1日から彼の賃金も50円(時給)上がることになるだろう。その頃には酷暑が収まっているかも知れないが、異常気象の昨今、何があってもおかしくない。電気代の上昇分だけで、最賃の引き上げ額の大半は吸収される。前述のシングルマザーはダブルワークの居酒屋の賃金は上がるだろうが、個人請負の仕事は報酬が上がる保証はない。

 生計費としての最賃は、あまりに低いと改めて現場で考えた。