「正社員」の謎(9)

     

                      竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


 

  隠れ不本意非正規

 

 正社員は、無期雇用の安心度、賃金水準の高さ、正社員になると親が安心するなどの社会的承認度の高さから、希望者が多いと言われてきた。正社員になりたいのに正規の仕事がない。そんな非正規労働者を「不本意非正規」と呼ぶ。

 厚労省の2021年版「労働経済の分析」によると、「不本意非正規」の割合は低下傾向が続き、2013年第1・四半期の19・9%から2019年第4・四半期の10・9%にまで下がっている。これらを根拠に、政府答弁では、「好きで非正規になっている人もいる」と強調されがちだ。

 確かに、連合総研「2022年度非正規雇用調査」でも、正社員への転換を希望するのは全体の4分の1で、「正社員にはなりたくない」は43%にものぼる。

 「なりたくない理由」(複数選択)も、「今の働き方に不満はない」が37%を占め、非正規の多くが好んで有期雇用を選んでいるように見える。

 だが、理由をさらに見ていくと、違う顔が見えて来る。まず、トップは「責任が重くなる」(46%)で、3位が「労働時間・労働日を選んで働きたい」(35%)、「家事や育児、介護の時間が必要」(28%)、「残業が多くなる」(26%)も多い。どれも生活を重視できなくなることを心配するものばかりだ。

 正社員がもっとましなものならなりたいが、いまの正社員ならなりたくないという「隠れ不本意非正規」がかなりいることだろう。

 「雇用の安定」や「生活できる賃金」と引き換えに、正社員は人間としての基本を売り渡しているのでないのか。とすれば、「不本意非正規」の減少は、正社員の働き方の劣化を映していることになる。正社員希望者の減少を喜んでばかりはいられない。