真山 民「現代損保考」

       しん・さんみん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


                 AIエージェントは保険業務をどう変えるか     

    新たなAIエージェント機能を発表する

       サティア・ナデラ・マイクロソフト最高経営責任者(CEO)(同社サイトから)

 

 

 期待度上位5のテクノロジー

 

 今年も残すところひと月、書店には、来年のカレンダーや手帳とともに、2025年の政治・経済の予測を述べた本が並んでいる。またこの時期、書店に多く並ぶのが2030年から2050年と、日本と世界の政治,経済を中長期にわたって予測した本である。

 こうした本の一つ、日経BP社の発行する『世界を変える100の技術 日経テクノロジー展望2025』の冒頭に、2024年と2030年の「テクノロジー期待度ランキング」の表が載っており、30位までの期待されるテクノロジーが並んでいる。それぞれの年の上位5は次のとおりである。

  2024年    

 1位 介護ロボット 感知・判断・動作ができる介護用機器   

 2位 産業メタバース 産業ごとに用意し、熟練作業者の不足などに備える

 3位 完全自動運転 運転者が乗らず、システムが運転のすべてを担う(自動運転                    レベル5)

 4位 ディープフェイク対策 AIで作った偽の音声や画像などを検知

 5位 パスキー パスワードなしで認証ができる。

 

 2030年

  1位 完全自動運転 

 2位 介護ロボット

 3位 産業メタバース

 4位 核融合 重水素などを融合、高エネルギーを生み出す

 5位 建設ロボット 建設現場で作業や資材の運搬を担う

 

 設備投資より事務作業の効率化・省力化の投資が拡大

 

 上記のテクロジーのうち、水素、重水素、トリチウムなど軽い原子核相互が多量のエネルギーを放出して重い原子核をつくる過程で発生する膨大なエネルギーを利用する核融合は別にして、その他のテクノロジーは、事務や作業の効率化を狙って生み出され、また発達しているテクノロジーと言える。人口が減少し、国内投資が過去のような勢いでは伸びていかない日本の市場では、生産能力を増強するような設備投資より、事務作業の効率化のための投資が優勢になっている(『本当の日本経済』坂本貴志著 講談社現代新書)。

 介護ロボットが24年に1位、30年に2位と高位につけているのも、建設ロボットが両年とも5位につけているのも、深刻な人手不足が背景にある。

 

 AIエージェントは自律型AI

 

 24年の期待度19位から、30年には6位と大きくランクを上げたAIエージェントもまた、典型的な省力化効率化のためのテクノロジーと言える。AIエージェントとは「設定された環境や受け取ったデータに基づいて、特定の目標を達成する行動を自律的に選択するために設計されたシステム」と定義されている。

 よくチャットGPTなどの対話型AIと比較されるが、対話型AIがユーザーが入力した質問に回答したり、指示に沿って文章を要約したりするのに対し、自律型AIは具体的な指示を入力しなくても、あらかじめ設定した目標を達成するために必要な動作を自ら計画して実行する。上司に言われたことだけを実行するのが対話型AIだとすれば、上司の指示から意図をくみ取って自分で業務を考え、遂行することができるのが自律型AIである。

 生成AIとも比較されるが、生成AIが既存のデータをもとに新しいコンテンツを生み出すことに特化し、画像、音声、テキストなど新しいコンテンツを生成するのに対し、AIエージェントは特定の目標を達成するために環境と相互作用し、自律的に意思決定と行動を行うことを目的としているという違いがある。

生成AIによるユーザー支援機能のCopilotに複数の外部プログラムをつないで実行するAIエージェントを開発した米マイクロソフトは、エージェントが有効に機能する例として、新入社員の質問に答えたり,書類作成を支援して戦力化を促す、あるいは製品やサービスの知識についての顧客の好みを記憶する営業機能を挙げている。

 

 生損保のAIエージェントの活用例

 

では、AIエージェントは保険業界でどう活用されているのか?WEB「AI Market」が生損保で活用しているAIエージェントと、それを提案したIT企業を紹介している。一例を挙げると以下のとおりだ。

AIでの保障設計の見直し、提案(第一生命/富士通)

・生保・損保を一括提案(東京海上日動火災/PKSHA

・スマホでの保険の見直し相談(フィンプラネット)

・顧客ごとのAI分析による営業員紹介(東京海上日動あんしん生命)

・コールセンターや事故受け付けセンターにおける電話自動応答システムの導入(SBI生命/モビルス)

以上のほか、保険各社ではAI-OCRで本人確認書類の認証(住友生命/インフォディオ)やドローン撮影画像AI解析による損害調査(損保各社)、保険金給付金不正請求検知システムなど、AIが既に幅広く活用されている。

 マイクロソフト、セールスフォース、アンソロピック、富士通など日米のテック各社は業務効率化やコスト削減など企業の課題解決に役立つ自律型AIを開発することで、収益化を模索しているし、損保各社もまた、代理店に自立を促しながら、代理店手数料を含む事業費率を引き下げるためIT構造の最適化を図っていく」と述べている(MS&ADインシュアランスグループHDの田村悟専務執行役員 日経電子版 11月19日)。「IT構造の最適化」の有力な手段としてAIエージェントなど自律型AIのさらなる活用が損保では計画されている。

 

 注視が必要なAI活用などの技術革新

 製造業、金融保険のみならず、教育、医療などの分野まで、AIなどの技術革新が融合することによって、生産性が大きく加速する可能性が指摘されている。その一方で、これまでの主要な技術革新が労働者に対する過剰な搾取と、その結果としての大幅な格差を伴ってきた点を指摘する「技術楽観主義」の警鐘も鳴っている(「所得格差 グローバル化の帰結で拡大 債務膨張、技術革新で拍車」 山川哲史・立命館大学アジア太平洋大学教授 「週刊エコノミスト」10月22日号)。

 損保におけるAIの活用が事務と業務の効率化から労働時間の短縮と賃金のアップにつながるか、それとも代理店と社員の縮小と切捨てに及ぶか、注視していかなければならない。