「正社員」の謎
竹信 三恵子
たけのぶ みえこ 朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
(10) 権利から義務への逆転
これまで、正社員をめぐるフシギについてさまざまに考えてきた。
たとえば、正社員が少数派の組織でもそれが標準的モデルとされるのはなぜか。それは、労働者保護、安定雇用、生活できる賃金という働き方の基本が一応は満たされているから、という意味のことを拙著『正社員消滅』(2015年、朝日新書)で書いたことがある。
ただ、その「安定」の内実は、会社の高拘束を受け入れ、生活基盤を崩す「転勤」の当然視と引き換えのものになってしまった。
安定雇用は「正社員の権利」と考えられてきたが、それもいつのまにか「辞めてはいけない契約」という「正社員の義務」へと逆転しつつある。それらを受忍させる装置が、「コース別」や非正社員など「まだ下がある」という錯覚を生む階層づくりだ。
正社員たちには、拘束を拒否すれば低賃金で不安定な非正社員しかない、という漠然とした不安もある。これに対しては、「メンバーシップ型雇用」という会員制ゴルフクラブまがいのネーミングを通じ、「自ら選んだ名誉ある拘束」のような偽装が施される。
といった整理の仕方は少し暗すぎたかもしれない。実際は、安定の恩恵の中、同僚との交流や仕事のやりがい、まともな賃金を享受している例が少なくない、という反論も出るだろう。
もしそうならば、その利点を生かすために、「安定を求めるなら転勤」といった奇妙な取引を押し返すため何ができるか、「自分はまし」と思いたいために他の働き手への差別に加担してしまうことはないか、など、改めて見直してみることも必要ではないか。
元正社員としてそんな思いに駆られるほど、正社員という存在は矛盾に満ちている。(この項終わり)