前田功「現代損保考」


    ビッグ・モーター事件は損保業界の体質の現れだ       


 

 BM社は終わったが…

 

 修理で預かった車に故意に傷つけるなどして修理代の過大請求をしていたことで世間の注目を浴びたビッグモーター(以下BM)社は、車検・整備・修理などについて国土交通省から180日~10日の業務停止、大きな収益源であった保険代理店業務については関東財務局から登録取り消しの処分を受けた。同社を伊藤忠が買い取るという話もあるが、BM社は終わったとみてよいだろう。

 

 甘すぎる損保ジャパンに対する処分

 

 一方、BM社の言いなりに保険金を支払っていた損保ジャパンおよびその親会社であるSOMPOホールディングスは、2024年1月25日金融庁から業務改善命令を受けた。3月15日までに改善計画を提出し、ただちに実行するよう求められている。

 ただ、より重い「業務停止命令」でなかったことに疑念が残る。損保ジャパンは、2005~6年の保険金支払い漏れ事件のとき、2週間から3カ月の「一部業務停止命令」を受けている。昨年12月の「カルテル不正」でも「業務改善命令」を受けた。合わせ技で「業務停止命令」は免れないだろうというのが大方の見方だったが、そうではなかった。(その背景は後述。)

 

 BMだけではない

 

 BMに似たような怪しげな保険金請求&支払いは、他にもある。トヨタ系のディーラーでも塗装修理について実際の作業内容と異なる請求事例が多数判明している。

 ・札幌トヨペット(1,417件)

 ・ネッツトヨタ千葉(1,687件)

 ・大阪トヨタ自動車(67件)

 ・ネッツトヨタ茨城(件数は発表していない)

 ・ネッツトヨタ富山(1,126台)

 ・トヨタカローラ静岡(124件)

 ・沖縄トヨタ自動車(1,290件)

 これらは2022年秋から23年末にかけて新聞で報道されたもので、いずれも1~2年ほどの間の数字である。

(ちなみに、筆者は昔、大阪トヨタを担当していたことがある。当時は、品性高き経営をしている会社だと思っていた。いつからこんなことになったのか。「大阪トヨタよ、お前もか。」そんな思いがする。)

 原因は、いずれも「見積もり担当者の誤解や作業時の連絡ミス」としているが、勘違いやミスがこんなに多数起きるとは信じがたい。これらの中には車の所有者が自費で支払ったケースもあり、すべてが自動車保険での支払いではないだろうが保険金支払いはかなりなものと思われる。まともな査定をするアジャスターもいるはず。だが、それをどの損保も見逃していたとして支払ってきたということは、どの損保会社も大手ディーラーには、モノが言えないということを物語っている。

 BM&損保ジャパンだけの問題ではないのだ。日本の損保業界全体の構造的問題なのである。

 

 大口優遇の損保

 

 損保の大手各社のホームページを見ると、どこも「お客さま第一」を謳っている。普通に読めば、その「お客さま」とは、一般の保険契約者と読めてしまうが、そうではなく「第一のお客様」は、BMやディーラーのような「大口」のことであった。

 損保各社は、自動車事故を起こした人を、「ウチで提携している修理工場をご案内します」と言って、BM社に「入庫紹介」していた。損保各社は1台紹介すると5件の自賠責保険をもらえたという。そんなことをしてまで自賠責が欲しいということは、自賠責の保険料に保険会社の利益は含まれていないというタテマエはウソだということである。損保会社には自賠責保険の契約を引き受けるごとに、「社費」(名目は営業費や損害調査費など)という名の手数料(契約1件当たり5千円強)が入ることになっている。この部分の妥当性も検討されねばならない。(「社費」に関する疑問は、過去数回にわたって『損保のなかま』紙が指摘してきた。)

 そもそも損保が入庫紹介する指定・提携工場は一定の修理品質を満たし、修理費請求が適正であることが大前提だ。不正の実態を認識していながら、保険料欲しさに指定工場に仕立て上げて「入庫紹介」していたのである。

 それだけでなく「簡易調査」とか「完全査定レス」などと称して、損保会社固有の権限である損害査定行為をBMに引き渡してしまっていた。これは修理を担当するBMが修理方法や修理金額を自分で決めて、それが保険金払いに直結することを意味する。本来、客観的・独立的に運営されなければならない保険金支払い機能を営業(契約募集)に従属させていたのだ。BMと損保は共犯というべきだ。

 損保業界の大口優遇は、代理店の手数料のポイント制(規模が大きいほど基礎ポイントが高く設定されている)にもあからさまにあらわれている。(このポイント制については、現在、公正取引委員会に「排除措置命令」を出すよう求める申告が専業代理店経営者らから出されている。申告人の数は公取の歴史上最多の264人だそうだ。)

 

 関係のない保険契約者も損害を被っている

 

 BMとかかわり車を故意に傷つけられ保険金を水増しされ以降の保険料が高くなった契約者の損害については、損保ジャパンはじめ各社は補償するようである。しかし、保険料は、損害保険料率算出機構の統計を基本として決めている。当然、支払保険金が多くなれば保険料があがる。BMとは全く関係のない全社の保険加入者も支払う保険料が高くなった(または安くならなかった)ことについては言及していない。本音では、一般契約者を「お客さま」と認識していないからだろう。

 

 不正の温床は保険料収入優先の業界構造

 

 BMにせよトヨタ系のディーラーにせよ、車の修理代を決める立場にありながら、修理代を保険金で受け取れる立場でもある。修理会社側には、水増しのインセンティブが強くあり、さらに損保側にとっては、その修理会社が大口の代理店であることから強く出られないという構造が問題なのである。

 車の修理をする会社は修理代が高いほど儲かる。その会社が、自動車保険の代理店であるということは「利益相反関係」にあると言える。

 200万円の車を1台売って粗利益はわずか数万円。そんな中で保険料の2割強が得られる代理店手数料はディーラーにとっては大事な収益源。それが不適正支払いの温床になっているのである。車の修理をする業種が代理店を兼業することを規制すべきではないか。今回、金融庁はこのことには言及していない。

 金融庁に近い消息通では、BM事件の処分でこれらのことに手をつけると、大仕事になって今のスタッフでは対応しきれない。だから、言及していないのだと囁かれている。

 カーディーラーについては、上記の不適正請求のほか、「当方で自動車保険に入っていただければ、車の下取り価格を○万円上乗せします」という販売トークが常態化している。保険業法300条で言う「特別利益の提供」にあたるが、これを損保各社は放任している。

 損保各社は多かれ少なかれBM社に出向者を出していた。その人件費の負担はどうだったのだろうか?損保会社が取引先に社員を出向させる場合、その人件費のかなり割合を損保側が持つのが一般的だ。業法300条とは違う意味で「特別利益の提供」である。この側面についても厳しくチェックすべきだ。

 

 変わりそうにない損保ジャパン&損保業界

 

 金融庁の処分を受けて、グループのドンと言われているSOMPOホールディングスのCEO櫻田氏は退任し会長職にもつかないと言明した。(損保ジャパンの白川社長は、事件報道直後の昨年夏、退任の意向を表明している。)

ホールディングスCEOの後任には、同社社長の奥村幹夫氏、損保ジャパンの社長には副社長の石川耕治氏がつくという。2人とも櫻田氏の秘書のような仕事をして現職についており、側近中の側近と言われている人物とのこと。

 金融庁は、歴代の経営陣の責任にも言及している。安田火災時代、同社はいい意味悪い意味で「野武士集団」と言われてきた。その企業体質は続いており、いい意味では質実剛健・不撓不屈の精神があるということだが、今回は悪い意味でのなりふり構わずという面が出たと言える。長年続いてきた企業体質を変えるということはとてつもなく難しいことだ。今回の人事は元凶であったドンの側近中の側近を順送りに後釜に据えたにすぎず、櫻田氏の実質支配は続くだろう。

 株価の動きをみると、SOMPOホールディングスは上がり続けている。(損保ジャパンは2010年に上場廃止)。金融緩和という要因もあるとは思うが、株式市場は、「不適正支払いだろうとカルテルだろうと儲かればいいんだ」と言っているように見える。SOMPOホールディングスの株主の3割以上は外国法人。4割近くが金融機関。似たような不適正支払いを行っている他の大手損保も大同小異。その儲けの裏では一般契約者が食い物にされている。これが株主資本主義の実態だ。

 このままでは、損保ジャパンも日本の損保業界も変われそうにない。