「正社員」の謎(2)

     

                        竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


   「転勤必須の社員」なの?

 

 「正社員」とは何か、と聞くと、転勤や配転がある働き方でしょ、と言われる。だが、それらは本当に必須の要件なのか。

 私が正社員だった大昔、働き手の大半は正社員だった。男女雇用機会均等法が制定された1985 年、男性の正社員は93%、女性も68%を占めていた。これだけ多いと転勤しない正社員も結構いて、正社員の定義は「定年まで働くことが前提の無期雇用の社員」という程度だった。

 実際、中小企業では、いまでも転勤なしの正社員はいくらでもいる。

 「正社員=転勤する社員」が必ずしも社会的に合意されていたわけではなかった証拠のひとつが、転勤拒否訴訟の続発だ。

 家庭の事情を理由に転勤には応じられないとして赴任せず、懲戒解雇された男性社員が会社を訴えた「東亜ペイント事件」(86年最高裁判決)をはじめ、川崎重工業事件、帝国臓器製薬事件と、家族への配慮を求めての転勤拒否訴訟を起こす正社員がこれだけいたということは、「転勤」が絶対的な義務にはなっていなかったことを意味する。

 そもそも無期雇用、という原則は、働き手の安心や将来設計に必須のものだ。そうした働き方が家族との同居を犠牲にしなければ確保できないとすれば、それは人権無視だろう。

 それが「定義」のように横行し始めたのは、多くの訴訟で会社側を勝たせた司法の責任が大きい。だが、それらの判決さえ、「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負わせない場合に限る、と条件を付けている。

 となると、正社員とは転勤がある社員、と定義づけてしまうことは、不正確なばかりか有害だ。流布されている「正社員の定義」には、そうした危ないものが少なくない。