今月のイチ推し本

 『Z世代のアメリカ』 三牧聖子 NHK出版新書


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 文学界もそうだが、今若手の研究者の台頭が目覚ましい。三牧氏もその一人だ。1981年生まれ、東京大学・大学院からハーバード大学等を経て現在は同志社大学准教授。専門はアメリカ政治外交史、国際関係論、平和論。本書の巻末の注を見ると、ほとんど英文の文献。氏は、アメリカの、反リベラリズム、米中対立、「テロとの戦い」、ジェンダー平等、中絶の権利等の問題を掘り下げ、ギャラップなどの調査機関による、Z世代(1996年から2012年の間に生まれた世代)の意識調査をベースに展開していく。「現在アメリカの人口の2割を占めているZ世代にとって、社会の多様性はデフォルト(初期値)である。アメリカは2040年代には、非ヒスパニック系の白人がマイノリティとなり、ますます人種的にも多様な社会になると見込まれている。多様化しているのは人種構成だけではない。宗教や価値観、ライフスタイル、国家観や世界認識も多様化している」。


 ◎アメリカの例外主義=アメリカは物質的・道義的に比類なき存在で、世界の安全や世界の人々の福利に対して特別な使命を負うという考えである。対外政策における例外主義とは①アメリカは人類史において特別な責務を担っており、②他国に対してユニークであるだけでなく、優越していることへの信念として定義され、より具体的には(a)堕落した「旧世界」ヨーロッパと対置される「新世界」アメリカという自負、(b)アメリカは歴史上のいかなる大国とも異なり、堕落や衰退の危険を免れ、革新的な国家であり続けられるという自信、(c)アメリカはその行動によって人類史を進歩に導かねばならないとする使命感、と『アメリカ外交辞典』は定義している。

 

 ◎バニー・サンダース上院議員=議員は「例外主義」という言葉を使って国民にアメリカ社会の窮状を訴えてきた。例えば「アメリカ例外主義は、アメリカがパプアニューギニアを除き、有給の産休がない唯一の国であることを意味してはならない」、「長年、アメリカの例外主義は主要国の中で唯一、有給の家族休暇、病気休暇を1日たりとも保障しないことを意味してきた。今こそ国の優先することを変更し、国民に有給休暇を補償すべきときだ」。「私たちの社会は、すでに多くの点で社会主義的だ。ただし、その社会主義は富裕層のためだけであり、貧しい人々には荒削りの個人主義があるだけだ」。「安全保障とは、爆弾、ミサイル、ジェット戦闘機、戦車、潜水艦、核弾頭、その他の大量破壊兵器を製造することだけを意味するのではなく、むしろ国民生活の向上こそが最大の安全保障であるということだ」。
 

 ◎「能力」が正当化してきた経済格差=アメリカでは上位10%の世帯が国の富の72%を保有し、下位50%の世帯は国全体の富の2%しかもたない。富者が生きるアメリカと、貧者が生きるアメリカは、もはや別の国という他ないほど異なっている。格差はますます固定化してきている。富裕層のほとんどは結婚する際、同レベルの学歴や社会的地位、年収を実現した者同士の「同類婚」を選択するため、配偶者の分も富がさらに蓄積される。エリート・カップルは、その地位や資産を次世代へも継承しようと子供の教育に多額の投資を行う。富裕層は政治的な権力の獲得にも余念がない。シンクタンクや、大学、メディア、選挙の候補者などへの資金援助を通じて政治的な影響力を獲得し、自分たちにとって有利な相続ルールを形成し、蓄積した富を次世代に容易に移転できるようにする。このような仕組みを通じ、アメリカでは数十年にわたって支配的なエリート層が再生産され続けてきた。アメリカの歴史上はじめて、子を持つ親の7割超が「子どもたちの将来の生活水準は自分たち以下になる」と考えている。学歴エリートが自分の「実力」で掴み取ったと思っている者のほとんどは、自らが裕福な家庭に生まれたという「運」に由来している。

 

 ◎揺らぐ中絶の権利=中絶の権利を力強く擁護する傾向はZ世代に顕著だ。ギャラップ社の世論調査によると、18歳から29歳のアメリカ人の48%が「いかなる状況でも中絶は合法であるべきだ」と回答し、「中絶は違法であるべきだ」と回答した11%を完全に凌駕している。政治誌Axiosによれば、18歳から29歳の女性の半数以上(56%)が、望まない妊娠や計画外の妊娠をした場合、たとえそれが違法であっても中絶すると答えている。Z世代の女性たちにとって、自分の体について自分が決定権を持つことはあまりに当然の人権感覚なのだ。世論の多数派は、中絶を憲法上の権利と認めるロー判決を支持している。しかし、中絶の権利をはじめ人権についても重要な判決を下す最高裁は、保守派の判事が絶対多数となっている。社会運動やメディアを通じて、リベラルな価値観は着実に広まっているが、リベラル派は権力闘争では負けているともいえる(日本も同じ)。

 

 ◎ワシントンポスト紙の映画評論家アン・ホーナディはこう述べる=「リベラルたちが、リベラルな映画を視聴し、リベラルな価値観を確認している間に、保守派は別のゲームを展開していた。保守派は(選挙結果が自陣営に有利になるよう選挙区割りを操作する)ゲリマンダリングや、投票妨害、保守系メディアなどを駆使し、州議会の議席や知事職を獲得し、有権者ID法や中絶制限など、彼らの政策パッケージを着実に実行に移してきた」。

 

 ◎再びサンダース上院議員=しびれを切らすZ世代に対し「変化のスピードが遅々たるものでも、絶望や虚無に走ってはならない。アメリカの歴史において人種平等や女性参政権が長い時間をかけて勝ち取られ、いまだ戦いの途上であるように、富の格差や世代間の不公平も、すぐにその是正は実現しない。それでも自分たちの世代のためだけでなく、後世により公平な政治社会を残すために、今後長い時間をかけて、地道に戦って、実現されていかねばならない」と。