「正社員」の謎(3)
竹信 三恵子
たけのぶ みえこ 朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
「安定」から「高拘束」へ
正社員の魅力はなんといっても無期雇用で安定していることだ。生活できる賃金も保障されている。だから、みな正社員になりたがる――とされてきた。
だが、最近は、非正規でいい、という声も目立つ。多くは「自分から非正規になりたがっている人もいる」として非正規比率の高さを正当化しようとする政府や使用者側によるものだが、「店長の働き方なんか見ていると絶対正社員にはなりたくない」というパート社員の声も少なくない。
背景には、2000 年代に入ってから正社員店長の過労死が続発し、「正社員=死ぬほど働く人」のイメージが定着したことがあるかもしれない。
店にいる正社員は店長だけで、急に休んだり、辞めたりする非正規の「穴」を必死で埋め続けて睡眠時間がなくなり、ついにうつ病を発症した、という例は珍しくない。
過酷な労働条件に嫌気がさして退職したいと言ったところ、「正社員は無期雇用契約なんだから辞めるなら賠償金を払え」と脅された知人もいる。
「安定」だったはずのものが、「高拘束」へと変換されつつある。背景に、労組の組織率が大幅に低下して労使の力関係が変わり、労働者のためだったものが、経営側のものにすり替えられてきた事実がある。
だが、「正社員だからといって安心してはいけない」と大学の講義で学生に話すと、「どんなにひどい正社員でも正社員になりたい」と言い返されることがある。正社員はすでに一つの身分であり、低待遇だったとしても、社会の承認度はなお高いからだ。
低賃金でも過労死しそうでも正社員の方がローンを借りやすい、というこの国で、働き方を等身大に伝えることの難しさにため息が出る。