「正社員」の謎(5)

     

                        竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


  コース別人事の亡霊(上)

 

 不安定な短期契約と低賃金の非正規労働者が4割近くを占める中、正社員間の差別は後景に退いたかに見える。5月13日の「AGCグリーンテック」訴訟東京地裁判決は、そんな楽観に冷水を浴びせた。

 被告はAGC(旧旭硝子)の完全子会社の中小企業だ。ほぼ全員が男性の「総合職」とほぼ全員が女性の「一般職」に社員を分ける「コース別人事管理」が導入され、原告は一般職の女性だ。

 総合職には「社宅制度」があり会社が住宅を借り上げて家賃に大幅な補助を出す。3000円の住宅手当のみの一般職との間に、24倍もの差がつき、原告は、福利厚生についての性差別と主張していた。

 「総合職」には女性もいた、という会社の主張に対し、判決は、海外事業にかかわって女性を1人採用したことがあるという例外的な措置であり、また、「総合職は営業職で転勤があるので社宅が必要」という主張にも、事務職の男性や転勤していない営業職にも適用されている、とし、原告は勝訴した。

 1985年に男女雇用機会均等法が制定されたとき、大手企業は、男性を総合職、女性を一般職とするコース別人事を導入した。従来の男女別賃金の看板の架け替えとも見える措置に、90年代以降、コース別人事管理を間接的な賃金の性差別として一般職女性たちから訴訟が相次いだ。

 その多くで勝訴や勝利和解を勝ち取られ、企業は派遣労働者や契約社員に一般職の事務を移管し、正社員同士から正規と非正規の差別へと問題は移行したかの印象が流布していた。

 そんな正社員間の差別的人事制度が亡霊のように再登場し、中小企業にも浸透していたことを裁判は示した。その原因と実態を次回から考えていきたい。