真山 民「現代損保考」

       しん・さんみん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


                            南海トラフ大地震と地震保険 

下地図は気象庁ホームページより)       

 

 今年発生した震度5以上の地震は27回

 

 先月19日午前0時50分に、茨城県北部を震源としたマグネチュード(M)5.1の地震が発生した。8日には、宮崎県の太平洋沿岸の日向灘を震源地とするM7.1の宮崎県地震が発生している。(気象庁のホームページ「tenki.jp」は「震源地は宮崎の東南東30km付近」と発表している)。

 この二つの地震を含めて、今年発生した震度5弱以上の地震は27回と多数になる(気象庁の発表は、例えば1月1日から3日の三が日に発生した合計13回の震度5以上の地震を別々にカウントしている)。

 震度5以上の地震の発生回数を昨年と一昨年の回数と比べれば、昨年は9回、一昨年は15回だから、今年の27回という回数は、すでにそれらを大きく上回っている。なかでも、先月8日のM7.1の日向灘地震は、元日の16時10分頃に発生したM7.6の石川県能登地方輪島の東北東30km付近を震源地とする地震に匹敵する激しさだ。

 

 日向灘地震による南海トラフ巨大地震への心配

 

 この日向灘地震は、多くの人に「南海トラフ巨大地震に影響するのかしないのか。そしてこれからどうなるのか」という心配を呼び起こした。政府の地震調査委員会は、8月9日に「日向灘周辺で南海トラフとは関係なく巨大地震が発生する恐れがある」と注意を呼びかけた。 

 南海トラフのトラフ(trough)とは「溝」の意、両側がゆるやかな斜面で、幅広で長く続く深海底の凹地(おうち、くぼ地)の舟状海盆(せんじょうかいぼん)を指す。南海トラフは駿河湾から遠州灘、熊野灘および土佐湾を経て日向灘沖までの海底を、ほぼ日本列島弧に平行に走る、長さ約700kmの海底の細長い溝のことだ。

 この広い領域の南海トラフに沿って、フィリピン海プレートが西南日本の下へ沈み込むことによって起こるM8~9の大地震が南海トラフ巨大地震で、「科学的に想定しうる最大規模の地震」とされている。

 

「南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告」(南海トラフの巨大地震モデル検討会 2015年)によれば、過去 1000 年程度 の間に南海トラフ沿いで発生したM8~9 クラスの巨大地震は「約 100~150年の間隔で発生」し、「歴史資料等がある程度整っている地震」に限定しても、1707 年宝永地震(M8.6 1707年)、安政東海地震(M8.4 1854 年)、安政南海地震(M8.4 1854年)、昭和東南海地震7.9 1944 )、昭和南海地震(M8.0 1946年)と5回も数える。

 

 南海トラフ巨大地震の甚大な被害想定と地震保険

 

 さらに、政府の地震調査委員会は「今世紀半ばまでに、大平洋岸の海域でM8の東海地震が88%、M8.1の東南海地震が70%、M8.4の南海地震が60%の確率で発生し、沿岸には10mを超える大津波が襲来する」と予測している。2012年に発表された被害想定は「死者・行方不明者は約32万3千人、全壊焼失の棟数は約238万6千棟」と甚大なものだ。

 こうした被害想定に対して考えられる対策の一つに損保の地震保険がある。地震による居住用の建物と家財の損害を補償するが、加入率は全国的に至って低く、損害保険料率算定機構発行の『火災保険・地震保険の概況』(2023年度版)に掲載の地震保険の対世帯加入率(2022年現在)は全国平均で35%、3世帯に1世帯しかに加入していない。もっとも加入率が高いのは愛知県で44.7%、もっとも低いのは沖縄県で17.9%である。地震保険は単独では加入できず、火災保険に付帯して加入しなければならないが、その付保率は全国平均で69.4%である。つまり、火災保険には入っていても地震保険を付けていない割合が3割あるということだ。

 

 日本が地震国といわれながら、地震保険に加入しない人が多いのは、一つは保険金額に制限があり、もう一つは保険料が高いからだ。保険金額は、主契約の火災保険の保険金額の30~50%の範囲に定められている(保険金額は、居住用建物の最高5000万円、家財は1000万円)。保険料は建物の構造とその所在地で違いがある。鉄骨やコンクリート造りのリスクが低い建物(イ構造)の保険料は安く、木造建物などリスクの高い建物(ロ構造)の保険料は高い。建物の所在地による違いは、地域による地震の発生リスクも反映しており、発生リスクが低いとされる1等地、高いとされる3等地、その中間の2等地という区別がある。この結果、地震の発生リスクが高く、地震が発生すると被害が大きいと予測される東京、埼玉、千葉、神奈川の首都圏のロ構造建物の地震保険料は41,100円にもなる。物価高が続く今日、支払いにためらう金額である。

  

 国と自治体の支援も限界、自分の身は自分で守る?

 

 地震、台風、豪雨など大きな自然災害の被災者に対しては、生活復興を支援する被災者生活再建支援金といった公的支援制度がある。大地震の場合、建物の損害に対しては最大5000万円、家財の損害に対しては最大1000万円が支払われる。しかし、この支援金も損害の程度によって金額に違いがある。国の支援にしても、自治体の支援にしても、それだけで生活の再建が不可能であることは、能登半島地震の復興が大幅に遅れていることを見れば分かる。仮設住宅に申し込みをしているものの、入居日は決まっていない。水道管の修理は自治体の責任でだが、住宅とつなぐ配管の破損は、住民から業者に依頼しなければならず、業者の人手不足から順番待ちの状態が続いている。巨大地震も原発事故も、国は避難計画を自治体に丸投げ、それでいて緊急時の場合、国が自治体に対応を指示できるように地方自治法を改悪し、4年間で43兆円も使う軍備拡大を進める。

 

 「自然災害は不意打ちを食らったときに被害が極大化します。もし何も準備せず手をこまねいていれば、甚大な被害が確実に発生するのです。南海トラフ巨大地震では国や自治体からの助けがいつ来るか分かりません。ですから現実として、「自分の身は自分で守る」しかなくなるでしょう」 

 これは、地球科学者の京都大学名誉教授、現在は同大学の経営管理大学客員教授である鎌田浩毅(かまたこうき)さんがサンデー毎日(2021年12月9日号)に寄せた「地球科学で読み解く、ドラマ『日本沈没』」と題した感想の一節である。鎌田教授の言葉を「その通り」と思う一方、それでよいのか、考えることしきりの毎日である。