今月の推し本
『アメリカの未解決問題』竹田ダニエル・三牧聖子 集英社新書1247
岡本 敏則
おかもと・としのり 損保9条の会事務局員
竹田ダニエル氏は1997年生、カリフォルニア出身。カリフォルニア大学バークレー校研究員。三牧聖子氏は3度目の登場。1981年生、同志社大学大学院准教授。本書は昨年の米大統領選最中に行われた二人の対談をまとめたものです。
民主党はバイデンが降り、副大統領のハリスが候補者となった。共和党はトランプが二期目を目指し、激しい選挙戦が闘われ、「もしトラ」のトランプが大統領に返り咲いた。矢継ぎ早に大統領令が出され、米議会、ジャーナリズム、世界が翻弄されている。その政策を見れば、まさに福音派による神聖政治だろう。トランプ陣営は4年間しっかり準備してきたのだろう。最近のギャラップ調査ではZ世代のトランプ支持率は46%に達している。若者よお前もか。
◎トランプ再選=今回の大統領選の衝撃は、民主主義の結果を一度否定した前大統領が、選挙を通じて、民主主義的に権力の座を奪還したことにある。ハリスは、2020年大統領選後にトランプがもたらした混乱と暴力をたえず喚起し、選挙戦の最終版では、トランプがヒトラーを称賛していたという元側近の証言に言及しながら「民主主義を守るための投票」を訴えたが、敗北した。多くの有権者が、「暮らしは4年前に比べて良くなったか?」を問い、「バイデン政権のもとで悪化したインフレを、バイデン政権の副大統領だったハリスでは抑えることはできない」と訴えたトランプの方に説得力を見出したのである。CBSニュースの出口調査によれば、物価高で家計が苦しいと感じる人の割合は4分の3にのぼり、変化を期待する有権者の73%がトランプに投票した。民主党系の急進左派バーニー・サンダース上院議員の分析が話題を呼んでいる。サンダースは2016年と2020年の民主党の予備選ではヒラリー・クリントンやバイデンを「既得権益層」と批判した。Xに投稿された声明文でサンダースは「労働者階級を見捨ててきた民主党が、労働者階級から見捨てられたのは驚きに値しない」と断じた。(三牧 )
◎トランプの閣僚人事=国務長官に指名されたマルコ・ルビオ上院議員は、イスラエルはイスラム組織ハマスを「徹底的に」破壊すべきであり、「彼らは凶暴な動物」だとする考えの持ち主だ。駐イスラエル大使に指名された元アーカンソー州知事のマイク・ハッカビーは、イスラエルを「神がユダヤ人に与えた土地」と信じるキリスト教福音派の元牧師で、「パレスチナ人など存在しない」と公言してきた。国連大使に指名されたエリス・ステファニク下院議員は、全米各地の大学キャンパスで展開されてきたパレスチナ連帯デモを「反ユダヤ主義」と強く批判し、その弾圧を先頭に立って担ってきた存在だ。「国連が反ユダヤ主義で腐敗している」として、国連への資金拠出の停止も訴えている。(三牧 )
◎リベラル&ポリコレ=そもそもアメリカでは、日本で使われるような文脈での「リベラル」や「ポリコレ」(political correctness・政治的公正、妥当性)は今や死後のように感じます。「リベラル」は、表層的な多様性やホワイト・フェミニズム(白人などマジョリティの女性が権利を主張する動き)のような、実質を伴わない薄っぺらい「レフティスト(左派)になりきれない」中途半端な姿勢を著す侮辱的な言葉になっている。バイデン的、民主党的な左派、つまりほぼ中道の人たちのことを指しがちだ。プリンシプル(原理原則)を大事にする人たちはむしろ「レフティスト」と呼ばれています。「ポリコレ」は、10年前くらいからアメリカでは真剣な議論では使われなくなりました。(竹田)
◎テイラー・スウィフト(ハリス支持を表明した世界的な歌手)=テイラー自身があそこまでの大富豪になってしまった今は、最近の彼女の動きを見ていると、若い女の子が中心ファン層にもかかわらず、何枚もアルバムを買わせるようなリリース戦略を採ったり、公的情報であるプライベートジェットの経路をマップ化した大学生に法的措置を取ると警告したりしていて、資本主義的に「勝利」するためにはなんでもする彼女や彼女のチームの目的は自分の富を最大化することであって、本質的なマイノリティの人権擁護や格差の解消、ましてやガザの問題など、自分の富が減るようなことには声を上げない。「エシカル(倫理的)なビリオネア(10億ドル〈1560億円〉以上の資産を持つ億万長者)は所詮存在しない」というフレーズも頻繁に提起されます。(竹田)
◎フェミニズム=本来フェミニズムは、ずっと複雑なもんです。中絶の権利、有色人種の人権、トランスジェンダーの人権などが複雑に絡み合っている。最も抑圧されているのが有色人種の貧困層のクィア(性的マイノリティ)な人であることを考えれば、カマラ・ハリスに代表される「社会的強者」というガールズボス・フェミニズムはすでにオワコン(終わったコンテンツ)だし、「ガールズボス」はもはや嘲笑するために使われます。誰かを抑圧しているシステムの中でいくら資本主義的に活躍しても、それは善意ではないという感覚がZ世代には強いのです。グレタ・トゥーンベリも、環境問題のことだけを訴えていた時は大人たちも称賛していたけど、アメリカやイスラエルを批判し始めた途端、メディアに取り上げられなくなりました。(竹田)
◎アメリカの緊急事態対処法=日本の学校では地震発生時の対処法を叩き込まれているように、アメリカのZ世代もロックダウン訓練という特殊なトレーニングを積まされているのです。学校で授業中、突然「不審者が侵入した」と校内放送が流れ、先生たちが教室の窓やシャッターを閉め始めたら、一斉に机や椅子の下に隠れる。いつ不審者が入ってきてもおかしくないのだ、という意識を幼いころから埋め込まれている。 (竹田)