守屋 真実 「みんなで歌おうよ」
もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏
「震撼させられる」と言うのはこういうことを指すのだろう。3月14日金曜日のことである。
いつもの辺野古新基地建設反対スタンディングを終え、文科省前の朝鮮学校差別撤廃を求める集会に行った。文科省の並びに財務省があり、その向かい側に経産省がある。普段は文科省前、経産省前ともに30人程度の定例集会が行われているのだが、この日は驚いたことに財務省前がすごい人だかりで、公安らしき人物もかなりの数並んでいた。千葉県知事選候補者の黒川あつひこ氏が、なぜか霞が関で演説していた。更には文科省の向かい側の民間ビルの前にも百人を超す人が集まっており、黄色でNHKと書かれた看板の付いた選挙カーが目にとまった。同じく千葉県知事選に出馬していた立花孝志氏が、黒川氏応援の演説をしていたのである。17時になり文科相から経産省に移動しようとした時には、すでに歩道いっぱいの人混みで、多くの人がスマホで立花氏を撮影しようと押し合いへし合いしていた。SNSで「財務省解体デモ」が全国12か所で呼びかけられていたのだ。
経産省前脱原発テントひろばは、並びの立花陣営と向かいの黒川陣営の大音響で声も聴きとりにくい。保守団体やポピュリストたちは、一様に大出力のメガホンや高価な機材をそろえている。あの金はどこから出ているのだろう。私たちは大声でスピーチしてもかき消されてしまうのが悔しい。
しばらくすると救急車がサイレンを鳴らしてやって来た。立花氏が殴られたとか、刺されたとか、情報が交錯してなんだかわからない。なぜか消防車まで出動してきたので、爆発物かと一時緊張が走った。後に報道されたところによると、立花氏がナタで切り付けられ救急搬送されたということだった。私は誰に対しても暴力をふるうことを否定する。暴力行為は警察が介入する口実になるだけで無意味だ。実行犯の真意は定かでないが、ポピュリストが襲撃を生き延びると、ますます英雄視されたり同情票が集まったりしてしまうのは目に見えている。日本人は、いつからこんなに粗暴になってしまったのだろうか。
立花氏がいなくなったので、参加者の多くが経産省の前を通り財務省に移動していった。中に数人、私たちに会釈したり拍手したりしてくれる人もいたが、若い世代の多くは無視するか、日の丸を振りながら憎々し気な視線を投げかける人もいた。私が帰ろうとした時、財務省前の人混みは、立錐の余地もないほどに膨れ上がっていた。とても通り抜けられそうにないので、道を渡って外務省側に行ったのだが、ここもかろうじて人間一人が歩ける隙間があるだけだった。
デモ参加者は手書きの「財務省解体」、「消費税反対」などのプラカードやウチワを掲げていたが、「財務省官僚の8割は中国人だ」というのもあった。日の丸や旭日旗もあり、皆大声でシュプレヒコールを叫んでいた。20歳前後の若者から70代位の高齢者まで幅広い年齢層で、大多数は40~50代のようだったが、中には小学生くらいの子どもを連れた人もいた。参加者数は2000人ということで、これは最近の「戦争させない・九条壊すな総がかり行動」よりもはるかに多い。日頃鬱積した憤懣を吐き出そうとしていたのだろう、まるで米国のトランプ支持者の集会のような熱気で、もし誰かが「突撃!」と叫んだら、本当に財務省内になだれ込みそうな雰囲気だった。或いは、誰かが外国人やマイノリティーへのヘイトを叫んだら、一気にそれが拡散してしまいそうな危うさを感じた。日本もここまで来てしまったのかと、鳥肌が立つ思いだった。
そもそもは103万円の壁を引き上げる案に対して、財務省が財源不足を理由に反対したことから起きたデモらしい。故森永卓郎氏が財務省を「ザイム真理教」と呼んだことと相まって、国債の発行を拒み、その分市民に増税を課そうとしているカルト集団という陰謀説が信じられているらしい。しかし、財務省を解体して、その後どうするのかプランもビジョンも示されていない。もちろん私も増税には反対だけれど、これ以上赤字国債を発行するのはデフォルトの危険がある。国の借金は若い世代の負担になるだけだ。旭日旗を振るような人は、防衛費を削減しようという考えはないのだろうが、市民の暮らしにとって一番無駄なのは軍事費ではないか。もしも財務省が暴走しているのなら、それを止めるのは行政府と立法府がやるべきことである。しかし、なぜ赤木敏夫さんが自ら命を縮めなければならないほど追い詰められてしまったのかを考えれば、財務省に政府の圧力がかかっていることは明らかだ。官僚といっても国家公務員に過ぎない。デモをやるなら自民党本部前でやる方が理にかなっていると思う。いくら理詰めで話しても通じないのがポピュリストなのだろうが。
帰りの電車の中でネットを検索したら、なんと800万件を超える写真や動画がアップされており、胃袋のあたりに重たい物を感じながら帰宅した。現在の日本は、私たちが感じている以上に崖っぷちなのではないだろうか。
ヒトラーは「共産党員が国会議事堂に放火した」というデマを流して政権を掌握した。日本軍は「中国人が鉄道を爆破した」と言って戦争を始めた。人が理性を失い、デマゴーグや陰謀論を簡単に信じてしまう時代は戦争前夜だ。なんとしても止めなければ!