前田 功          昭和サラリーマンの追憶

              

      

                    「自腹と使い込みは裏表」

             


 まえだ いさお 元損保社員 娘のいじめ自殺解明の過程で学校・行政の隠蔽体質を告発・提訴 著書に「学校の壁」 元市民オンブズ町田・代表


 

    

  今年は喪中はがきを出したので期待できないが、正月の楽しみの一つに年賀状がある。

インターネットの普及に伴って、メールで年賀の挨拶を済ます人が増えて、年賀状を書く人が減ってきているようだ。ただ、日頃疎遠にしている間柄で、メールのやり取りをするほどではない仲であってもお互いの消息を確認しあうツールとして活用している人も多い。私のような年齢になると、年に1回のお互いの生存確認といった感じで、書いたり、読んだりしている。

 はがき1枚が、85円になった。幼いころ、5円だった記憶もあるが、50円という時代が長かった。値上げは急ピッチだ。年賀状を出す人が少なくなり、はがきの売れ行きが悪くなったからだろうが、年賀状をやめるという人がさらに増えそうだ。

 年末、年賀状をどうしようかと思う時期になると思い出すことがある。

 何年か前になるが、出かける前に妻から、「ついでに年賀状100枚買ってきて」と言われた。通りがかりには郵便局はない。駅前を歩いていると、金券ショップのガラス窓に「年賀状あります」との貼り紙。入って聞いてみると、100枚で何百円か郵便局より安いので買ったことがある。

その後、「郵便局員に一人何千枚という年賀状販売ノルマ。それを達成できなければ自腹で買わされる。その負担の一部でも取り戻そうと、買った年賀状を金券ショップに売る人もいる」というのがニュースになった。私が買った年賀状も、その一部だったのだ。

  JA(農協)でも共済(保険)のノルマをこなすため、嫌々ながら不必要な契約を結ぶ「自爆」が多発していると話題になった。共済以外に、麺やジュース、スーツ、家電などにまで広がって、さらにサービス残業も強制されていたという。

  子供のころ、田舎に住んでいたのだが、近所に農協に勤めている人がいた。毎日、5時少し過ぎには家に帰っており、ステテコ姿で家の前の道路に水を撒いていた。農協も郵便局も、昔はのんびりしたいい職場だったはずだが、いつからこんなブラック職場になったのか。

 

 30~40年前のことだが、どこの損保会社も「積ファ」(積み立てファミリー交通傷害保険)に力を入れていた。保険料が安い交通傷害保険をベースに積み立てだと言ってお金を預かる商品だ。保険というよりは、金融商品と言った方が早い内容のものだ。それを、社員に入らせていた。強制だったかどうかは別として、積ファに入りたくて入ったのではなく、社内の同調圧力に負けて入った人は多かったのではないかと思う。

  損保の営業では、自社の商品を自分で買う自爆のほかに、営業成績を上げるために、営業先の商品を買うケースも多かった。その典型が、車販協力だ。ディーラーを担当する損保の営業マンが、車を買わされる、自分が買うだけではなく、親戚・知人にも買ってもらうわけだ。

ビッグモーターで、自賠責の数字がこの種協力度合いで決められていたということが報じられた。新車ディーラーでも似たようなことをやっているが、新聞やテレビではほとんど報じていない。

 これを「本業支援」と呼び、一連の損保批判で、業界は、「今後はやりません」と言っているが、その後の現場の実態はどうなっているのか、知りたいが、その報道はない。

      最近は、「自爆雇用」というのもあるらしい。人手不足が故であろうが、回転すしチェーンの店長がアルバイトの学生に、自分のポケットマネーから数千円を出して、「もう数時間働いてくれ」と頼んだという。本部から様々な制約を課せられた中で、店を運営しなければならない雇われ店長の悲哀であろう。

 筆者が人事を担当していたころ、会社の金を使い込んで、処分される連中の事情聴取を何回かしたことがある。数字を上げるために、自爆したり、営業先の商品を買ったり、自腹で接待したり・・・。

彼らの話を聞いていくと、自爆にしろ接待にしろ、成績を上げるために無理をして、自腹を切る。やがてそれが当たり前になる。自腹が美徳という感覚にもなるようだ。そんなことしているのだから、当然カネに困るようになり、サラ金に手を出す。やがて、それが返せなくなり、会社や取引先のカネに手を出す。心の中での言い訳は、「俺は会社のために自分のカネを使ってきた。だから、これくらいはいいじゃないか」 。

事情聴取したすべてがそうだというわけではないが、そういうケースが多かった。

こんなふうに、自腹を切っていると、自分のカネと会社のカネの区別があいまいになってくるらしい。公私混同と言うべきだ。

一度公私混同をしてしまうと、それが当たり前になってしまう。

 サービス残業も似たようなものだ。そうするのが美徳という感覚の人がいることも似ている。

 働き方を自分で裁量できたりしないのに「裁量型労働」だと言ったり、「なんちゃって管理職」なのに、残業代なしで無制限に働かされる人が多い。本来の時間以上働いて、カネをもらわないのは、自爆と同じだ。

 自腹と使い込みは公私混同の裏表だということを、もっと認識すべきだ。