「フジテレビー中居正広事件」からスポーツ報道を考える


           玉木 正之        


 たまき・まさゆき スポーツ文化評論家,日本福祉大学客員教授。著書に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)など多数。近刊は「真夏の甲子園はいらない 問題だらけの高校野球」(編・著、岩波ブックレット、2023年)


 

  週刊誌報道に端を発した中居正広氏とフジテレビの「事件」はスポーツ報道の上でも貴重な問題提起があった。それは「楽しくなければテレビじゃない」とフジテレビが「エンタメ軽チャー」路線に走った末に起きた事件だからだ。

 スポーツもエンターテインメント(娯楽・エンタメ)の一種であることは事実で、その報道も、「事実を伝えること=報道」「その事実が社会にとって有意義か否かを検証批判すること=批評」「社会に有意義なら広く報じること=啓蒙」という「報道三原則」に加え、「スポーツ報道」そのものにエンターテインメント(みんなで楽しむこと)の要素がある。

 が、テーマがスポーツや芸能でも、「楽しむ」だけでは報道とは言えないことを忘れてはならない。たとえばオリンピックで日本選手の活躍を楽しく伝えることも報道機関の役目だろう。が、一方で、現在の肥大化した五輪の問題点、費用の高騰や環境破壊に対する反対運動などを伝えることも重要な仕事のはずだ。

 教育機関である高校の野球大会が、現在の甲子園大会のように派手なプロ興行になって良いのかどうかを検証することも、またメジャーに選手を奪われ続けるプロ野球の組織改革を提案することも報道機関の重要な役割のはずだ。

 が、メディア(テレビや新聞)がスポーツの主催社になったりチームを所有したりすると、自らを批判すること(報道精神を発揮すること)が困難になる。ちょうど中居正広氏の起用によって高視聴率を稼いでいたフジテレビが、中居氏の不適切な行為に対して、なかなか適切な措置を取れなかったのと同じだ。

 だからスポーツメディアは今回の「フジ・中居事件」を他人事とせず、スポーツジャーナリズムを考え直す絶好の機会にしてほしいと思う。