「女性の過労死」

     

                     竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


 利他的な労働者

 

 女性の過労死では、教員や看護師、ケア労働者など「人のためになる仕事」に従事している例が目立つ。そうした現象は、ケアの民営化、新自由主義化が進んだ2000年以降、顕著になった。そこには、「準市場化」の流れがある。

 「準市場」とはロンドン大学のジュリアン・ルグラン教授が1990年代、英国のブレア政権の政策として提唱した。これは、「競争は良質のサービスを生む」という想定の下、民間事業者がケア市場に参入して競争する仕組みだ。とはいえ、ケアはカネが払えない層の人々にも不可欠だから、完全な市場化では対応できない。そこで、公費を投入して利用者の購買力を支援する仕組みを取る。

 これを支えるのは、「利用者は質の良いサービスを選択しようとするから事業者側も質の良いケアを提供しようとする」という論理だ。事業者は利用者に選ばれなければ競争に負け、撤退する。こうして利用者は、消費者としての利益に基づいて選択することでサービスの質をコントロールできるというわけだ。

 ルグランは、この「選択と競争のシステム」の下では、自己の利益だけを考える人々も利用者のニーズに応える質の良いサービスを提供しようとして利他的になると主張する。また、もともと献身的な女性も、選ばれることを目指してますます良いサービスを提供しようとがんばる。

 だが、これは、「夫セーフティーネット」があるからと言われ、「人助けをする性」という規範を内面化させられている女性へのただ乗りではないのか。

 こうした「利他的」とされた労働者たちは、転職にも罪悪感を抱き、生活に困っていても、黙って働き続ける。「人のためになる仕事」に就く女性たちの過労死の土壌がそこにある。