暇工作   「リーダーとは」

    ひま・こうさく 元損保社員・個人加盟労組アドバイザー        


個人加盟組合員が集まって職場の状況を報告しあっていた。その日は上司のパワハラ的言動に話題(非難)が集中していた。多くの人から怒りの発言が続いたが、結局、どう対応するかなど、それ以上の進展はなく、そのまま時間切れとなった。

 なぜ、その上司の言動に、その場で誰もが抗議をしなかったのかと、暇は少しばかり疑問をもった。そして思わずつぶやいてしまった。「こんなとき、誰か、ヒロインの出現が欲しかったね」

パワハラの現場で、自分がどう行動していいかわからない。下手に声出してヒーロー(ヒロイン)どころか、道化になってしまうかもしれない。前に出る勇気・確信が持てなかったのも、まだ経験も学習の積み重ねも少なすぎるから仕方ないと言えば仕方ない。だが、ヒーロー(ヒロイン)が求められる場合は必ずあるのだ。みんなが思っていることを、誰かが代表して言い出してくれないかと期待されているとき、それを現実にする行動力ある組合員の出現は、運動の質を一気に進化させ、職場の力関係を変える。

何年か前の話だが、大手損保社での実話、いわゆる「名ばかり正社員」(非正規雇用)K子さん(個人加盟労組組合員、職場の人は多数派労組組合員)の話をしよう。

時は1224日。クリスマスイヴの日だった。刻々と終業時間が近づく中、管理職がK子さんたち職場全員に聞こえる声量で、「さて、今日は全員に残業してもらうかな」とつぶやく。残業命令の予告だ。一気に職場の空気が凍りつく。クリスマスイヴを家族で楽しもうと思っていたところへのジャマパンチである。普通なら、みんなが後で愚痴や恨み節を言い合って憂さを晴らすのが精いっぱいの抵抗だったろうが、この時は違った。K子さんが単身、立ち上がってこう宣告したのだ。「ワタシ、今日は残業しません。イヴですから」。一瞬静まり帰った執務室は、すぐたくさんの拍手にかわった。映画のワン・シーンみたいだ。

K子さんの「残業拒否宣言」でたじろいだのは管理職の方だった。残業命令は出されず、無事、全員が定時に退社できた。

 別にたいした話じゃないと思われるだろうか。たしかに、なんでもないようなエピソードだが、暇は、K子さんの勇気がその瞬間の力関係を目に見える形で変えた教訓的な出来事だったと思う。彼女の勇気を支えたのは、彼女の職場の仲間への信頼だ。彼女は日頃の付き合いから、みんなの心情を裏表なく熟知していた。ここで発言しても必ずみんなの気持ちは乗り移る。決して私は孤立しない、管理職が抵抗できるはずがない。万一、抵抗されたら、自分だけでも残業拒否で抵抗し帰宅しよう。なかまは支持してくれるはずだ。一瞬のうちに、そう彼女は判断したのだ。それが見事にはまったから相手は気圧された。道化役は管理職が演じることとなった。主役交代である。

K子さんはその後、職場の仲間から感謝の食事会に招待されるなど、支持と敬意をあつめ、職場の人々のオピニオンリーダーとなった。

 

物事を変える源はみんなの力だが、そのパワーをどこでどうまとめ、どう発揮させるかの判断については、優れたリーダーの存在が決定的に重要だ。勇気を持ち、断固とした行動力を持った人。そして仲間への愛と信頼を持った人。こんなリーダーが増えれば職場は変わる。