真 山 民「現代損保考」

       しん・さんみん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。

 


  トランプ課税と非関税障壁攻撃、損保への影響は 

 


 

 

 トランプ大統領の三つの高関税政策

 

 トランプ米大統領が次々打ち出す高関税政策に世界が震撼している。高関税政策は3つある。

① メキシコ、カナダ、中国の3カ国に絞った関税。②鉄鋼・アルミニウム、自動車などの輸入品に対する 25%の関税。➂相互関税。

①②がアルミニウムや自動車など特定の製品や産業を対象とし、国内産業の保護を目的とした一律の関税措置である追加関税。一方、相互関税は貿易赤字の削減と国内産業の保護を目的に、米国の輸出品に関税をかけている国に対抗する形でかける関税である。

 トランプ大統領は「相互関税」によって、すべての貿易相手国からの輸入品に一律 10%の基本税率を課し、さらに非関税障壁が高いと認定した国には上乗せ税率が適用することを明かにした。

 

 貿易のマイナス面を過度に強調、工業の復活をもくろむ

 

 貿易と経済成長の間には、①輸出が輸入を上回ると、GDP に追加的な購買力をもたらし富を増大させる。②貿易によって、輸入国は自国に不足する生産要素(原料、技術、労働力など)を入手でき、生産力を高めることができる。というプラス面がある。反面、貿易は、経済成長や国民経済に、次のようなマイナスも及ぼすマイナス面もある。

①輸入が常に輸出を上回る場合、貿易赤字、経常収支の赤字は、海外の取引先に GDP から購買力を流出させ、富の形成にはマイナスになる。

② 貿易を通じて、海外の安価な製品が国内に流入し、国内産業が打撃を受け企業の倒産、工業の停滞をもたらす。

こうしたマイナス面を強調し、根拠不明の数字も使いながら、アメリカの年 1.2 兆ドル(約 180兆円)の貿易赤字を縮小し、アメリカ人の雇用を増やそうと打ち出したのが「トランプ関税」である。米国で造らなければもうからない環境を整えることによって、米国に工場を呼び込み、雇用を増やす、トランプ大統領はそう考えている。将来の減税のための財源を確保する思惑もあるという見方もある。

 

 自動車の「関税障壁」に不満あらわ 

 

 こうした一連のトランプ課税は、日本の生損保業界にどんな影響を与えるだろうか?損保の場合、真っ先に浮かぶのが、自動車産業に向けられた関税攻勢によって自動車保険、特にそれを扱う代理店が受ける影響を考える必要がある。その前に、トランプ関税が日本の自動車メーカーに与える影響を見てみたい。

2024 年の日本から米国への自動車の輸出額は 399 億ドル(約 6 兆円)であるのに対し、米国から日本への輸出は 10 億ドル(約 1500 億円)にとどまる。「トヨタは米国に米国で製造していない

国外製のクルマを 100 万台販売している(実際は約 54 万台)が、ゼネラル・モーターズもフォードも日本ではわずかしか売れていない」、トランプ大統領がよく口にする不満だ。

 日本では米国車への関税はゼロである。それなのに、日本で米国車が売れないのは車体の大きさや燃費効率の低さに加え、「日本仕様」の右ハンドルに対応していない(ベンツやフォルクスワーゲンのドイツ車は対応を進めている)ことがネックになっている。しかし、米国がやり玉にあげるのは日本の安全基準や車検制度で、これが「米国車に対する非関税障壁になっている」、トランプ大統領はそう捉えている。

それを示した資料が米通商代表部(USTR)が公表した 400 ページに及ぶ「2025 年版外国貿易障壁報告書」だ。そのうち「自動車に対する非関税障壁」として、次の事を挙げている。

①外国車を日本に輸出する際、日本国内の安全基準に沿った審査を受ける必要がある。日本での量産に不可欠な型式指定の取得にも 2 カ月程度を要する。

② 安全性の認証制度について、日本で走る車には追突事故を起こした時、車両がどの程度、破損するか検査結果の提示を求めているが、走行を認める破損度合いの判定で、米国の基準も採用すべきだ。

③ 日本独自の EV(電気自動車)急速充電規格「チャデモ」が、米国車を締め出す要因となっている。EV 充電ステーションへの補助金支給条件にチャデモへの適合が義務付けられているが、「時代遅れの技術」だ。

 こうしたトランプ大統領の批判に対し、日本政府は「非関税障壁がなくなっても米国車が日本で売れるとは思わない」と言いつつ、「見直す姿勢はアメリカとの交渉で関税の引き下げを訴える材料になる」と米国の基準を受け入れる姿勢をとりつつある。

 

 日本の自動車メーカーの姿勢

 

 一方、日本の自動車メーカーは米国の攻勢にどう臨んでいるかといえば、早々にアメリカへの工場をの移転を決めたメーカーもあるが、対策を明かにしていないメーカーもある。

・トヨタ  SUV(多目的スポーツ車)が人気で、アメリカで販売している車のうち約 50%を現地生産に切り替える。しかし、グローバル展開を進めるトヨタは、全世界の販売台数おうち米国の比率は2割ほどで、比較的影響が少ない。

・ホンダ  生産実績ベースの約 65%が米国製で、内訳は約 23%がカナダ製、約 11%がメキシコ製でトランプ課税の対象となる。米国向けシビックのハイブリッド車(HV)の埼玉製作所完成車工場(埼玉県寄居町)を 6 月にも米インディア州での生産へ切り替える。

・日産自動車 米テネシーの工場での SUV[ローグ]の減産計画を見直す一方で、福岡県の」工場での米国向け生産を減らす。

 この 3 社が日本国内での生産の一部を米国での生産に切り替えるのに対し,・年間の生産台数のうち、米国向けが 7 割を占め、そのうえ米国で販売する約 4 割を日本で生産しているスバル、・米国販売に占める日本での生産の割合が 5 割、メキシコ生産(関税が課せられる)生産の割合が約 3 割のマツダ、・米国内の工場がゼロの三菱自動車、

の3社は、現時点で関税回避のためアメリカに工場を移すという話がない。因みに、SBI 証券の試算では、関税の影響額はトヨタが 1 兆 3000 億円、ホンダが 7000 億円、日産が 6000 億円、マツダが 3000 億円、SUBARU が 2800 億円という。各社とも、トランプ関税による影響は大きいと見なければならない。

 

 さらに大きい企業城下町が被る影響

 

 自動車メーカー各社が受けるトランプ課税の影響を見ると、米国向けのクルマの多くを日本国内で製造しているスバル、マツダ、三菱自動車は打撃が大きいと思われる。それでもメーカーはアメリカに工場を一転すれば切り抜けられる。しかし、「これらメーカーと取引している中小企業や部品を納める町工場、さらに完成した車を輸送する物流業者、そこで働く人たちの暮しを支える飲食店やスーパーなどが建ち並ぶ“企業城下町”、そして膨大な雇用を失った地方自治体が受ける影響は、さらに大きい」と(自動車評論家国沢光宏氏 は指摘する。「週刊新潮」4月 10 日号)。

 自動車産業はすそ野が広く、500 万人とも 600 万人もの雇用を生み出している。そのすそ野の中には損保代理店も含まれる。企業城下町の中小企業、町工場などの保険を扱っているのは代理店である。

 トランプ関税に加えて、先月号で述べた SDV(ソフトウェアが定義する車)といった自動車のデジタル化、自動車台数の頭打ち、物価の高騰による自動車資材の値上がりによる損害率の悪化など、自動車保険を取り巻く環境は厳しさの一途をたどっている。

 そういうなかで、自動車保険が役目を果たし、損保業界で働く人たちの営業、雇用を確保していくにはどうすればよいか? 日本の自動車の「非関税障壁」をどうするかという問題は、日米両国の相手国での車の販売を左右するだけにとどまらず、自動車保険の補償内容や保険料、損害率など自動車保険のあり方、さらに国民の安全に深く関わる問題である。そのことが、トランプ大統領と交渉する石破首相と閣僚は分かっているのか?国民は厳しく見ていく必要がある。